【お知らせ】WEB新書は閉店しました。

教育・子育て
朝日新聞社

ゆとり教育はなぜ終わったのか 路線転換の裏でほんとうにあったこと

初出:2012年9月5日〜9月7日
WEB新書発売:2012年9月21日
朝日新聞

このエントリーをはてなブックマークに追加

 小中高を通して「ゆとり教育」の学習指導要領で学んだ(一部先行期間含む)学生が今年度、初めて大学に入学している。文部科学省が「ゆとり」から「脱ゆとり」へ舵(かじ)を切ったのは10年前の2002年。あのとき、なぜ路線転換したのか――。関係者の証言をもとに舞台裏を掘り起こす。

◇第1章 公立不信恐れて転換
◇第2章 円周率「3」の波紋
◇第3章 文科省、周到な組織防衛


第1章 公立不信恐れて転換


 2002年1月、東京・霞が関の文部科学省。
 省全体を指揮する大臣官房と、学習指導要領を担当する初等中等教育局が慌ただしさを増していた。
 欧州出張中の文科相、遠山敦子(73)は1月11日、ドイツ・ベルリンのホテルで、事務次官の小野元之(67)と頻繁にファクスをやりとりし、文案を詰めていた。のちに「学びのすすめ」と呼ばれる文科相のアピール文だ。小野が部下に指示し、原案を遠山に送る。遠山が添削し、送り返す。そんな作業が数日にわたって続いた。
 急ぐ理由があった。
 同年4月から「生きる力」や「ゆとり」を柱にした新学習指導要領を実施することが決まっていた。教育内容の3割削減/学校に授業の中身を委ねる「総合的な学習の時間」の創設/学校完全週5日制の実施/薄い教科書の配布――。
 遠山や小野が急いでいたのは、02年1月17日の全国都道府県教育委員会連合会の総会に照準を合わせ、準備を進めていたからだ。2人で練ったアピール文を、全国から集まる教育関係者に直接伝えようと考えた。

◎学力低下を懸念「学校任せはだめだ」
 「ゆとり教育」の潮流は1970年代から続いていた。知識重視で詰め込み過ぎだとの批判を受け、旧文部省は学習内容や時間を減らしてきた。02年度の学習指導要領は、同省がめざした「ゆとり教育」の集大成となる。いま一般的に言われる「ゆとり教育」も、基本的にはこの02年度指導要領を指している。
 内容については、95年から中央教育審議会で議論されてきた。だが90年代末になると、教育内容の削減が「学力低下を招く」と大学教員らから批判の声が上がる。塾に通える子とそうでない子の間で学力格差が広がり、学習意欲にも影響が出るという指摘も出た。
 文科省は、そんな批判が公立学校の不信に結びつくのを恐れた。
 事務方トップの小野の目にも、新指導要領は「ゆとり」でなく「ゆるみ」に映った。「自ら学び自ら考え行動するという『生きる力』の理念」「学校完全週5日制になり授業を縮減する方向性」には肯定的だった。だが、疑問がいくつも浮かんだ。
 学校現場に総合学習の教え方を委ねて大丈夫なのか、親がそれを応援するのか、教材作成など学校が適応できるのか。
 「学校現場には、宿題も出さない、教え込んでいけないという誤解がある。これではだめだと思った」
 小野は文科省バッシングを予想した。「大批判が起き、将来、日本がダメになったとき、そのときの事務次官は誰だと言われたくない。クビを覚悟で路線転換するつもりだった・・・

このページのトップに戻る