政治・国際
朝日新聞社

「さまようエリート」 グローバル人材、誰のために働く?

2013年03月22日
(11500文字)
朝日新聞

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 ドイツ銀行の最高経営責任者に選ばれたインド人エリートに期待されているのはインドの金融機関の業績向上ではない。欧州連合(EU)を動かす官僚たちも、母国ではなく欧州のために働くことが使命だ。しかし、国連平和維持活動などの現場では国旗を背負った発想から逃れるのは容易ではない。新時代のエリートたちの使命や資質について大きく混乱したまま、グローバル人材へのあいまいな期待ばかりがふくらみ続けている。

◇第1章 欧州エリート、自負と戸惑いと
◇第2章 「世界」への夢、背負わされて
◇第3章 技術の力信じ、異分野へ転身
◇第4章 「原子力政策に民主主義なし」


第1章 欧州エリート、自負と戸惑いと

 めざす学校はブリュッセルの北にあった。高い門をくぐると、広々とした敷地。子どもたちがサッカーに興じる姿は、ごく普通の学校だ。違うのは、幼稚園から高校まで、欧州連合(EU)27カ国からきた子どもたちに、母国語での教育をする「欧州学校」だということだ。ブリュッセルはEU諸機関が集中しており、そこで働く人の子どもが通う。
 生徒は最低三つ、人によっては五つの言語を身につける。卒業生は欧州全域の大学に散らばっていく。「世界中で仕事をしているが、そのうち1割ぐらいがEU機関に勤めることになると思う」とウルフ・シラーベ校長は言う。


 前の校舎が手狭になり、2012年9月に引っ越してきた。めがね店を営む町内会長のディディエ・ウォーテスさんはいう。「地元としては交流しようと思うが……。子どもや親が商店街に来るのはまれ。欧州官僚には、長く住んでいても町のことを全然知らない人もいる。別の世界に住んでいる、という感じがする」
 EUの諸機関を動かす欧州官僚は、市民からすれば、つかみどころのない、高給取りのエリート集団だ。
 その彼らの影響力が、欧州債務危機でにわかに強まっているように見える。各国の財政に問題がないかチェックしたり、欧州全体で銀行を監督したりと、国を超えた仕事が増えているからだ。
 象徴がイタリアのモンティ首相だ。欧州官僚機構を仕切る欧州委員だったが、政権が行き詰まり、選挙で選ばれたわけではないのに首相として呼び戻された。パパディモス元欧州中央銀行副総裁も一時、母国ギリシャの首相を務めた。
 欧州官僚として11年まで30年以上勤めたデビッド・ライトさんは、大物経済官僚の一人だろう。ギリシャの経済改革を助言するタスクフォースの一員として、脱税防止策などにかかわった。EUが求めた改革にギリシャ国民の反発は強かったが、「われわれはベストの支援を用意し、ギリシャ政府も歓迎した。政治家にとっては、改革をするために外部からの圧力が必要なことがある」という。
 しかし、それは国ごとの民主主義との間に摩擦をもたらしている。
 「EUエリートたちは、民主主義と国家主権をないがしろにしている」。フィンランドで反EU政党を率いるティモ・ソイニさんは訴える。党はじわじわ支持を伸ばし、いまやフィンランドで最も有名な政治家だ。EUの何が問題なのか。
 「法律づくりを主導しているのは欧州委員たちだ。選挙で選ばれた議員じゃない。彼らのどこに正統性があるのか」
 平和と繁栄をめざして欧州は統合を進めた。いまや経済は国を超えるが、政治は国にとどまる。隙間を、選挙の洗礼を受けないEUエリート集団が埋める。
 参加型民主主義を提唱するドイツの市民運動家、ミヒャエル・エフラーさんは言う。「必要なのは欧州レベルで政治を議論する場だが、存在しない。欧州統合は専門家のレベルでしか起きていない」
 欧州官僚機構のトップ、バローゾ欧州委員長の12年9月12日の演説は、集中する権力への戸惑いがにじんだ。
 「民主主義は国境を超えられないという人がいる。ちょっと待ってほしい。欧州の民主主義は、国家の民主主義に対立するのではない。補うのだ・・・

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「さまようエリート」 グローバル人材、誰のために働く?
216円(税込)
  • 著者大野博人 、有田哲文、伊東和貴、工藤隆治、高久潤、金井和之、橋田正城、中村真理
  • 出版社朝日新聞社
  • 出版媒体朝日新聞

ドイツ銀行の最高経営責任者に選ばれたインド人エリートに期待されているのはインドの金融機関の業績向上ではない。欧州連合(EU)を動かす官僚たちも、母国ではなく欧州のために働くことが使命だ。しかし、国連平和維持活動などの現場では国旗を背負った発想から逃れるのは容易ではない。新時代のエリートたちの使命や資質について大きく混乱したまま、グローバル人材へのあいまいな期待ばかりがふくらみ続けている。[掲載]朝日新聞(2012年10月7〜11日、11500字)

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