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朝日新聞社

トヨタと中国 反日に揺さぶられる企業とカローラ襲った男の闇

初出:2012年10月24日〜12月29日
WEB新書発売:2013年1月11日
朝日新聞

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 日本政府による尖閣諸島の国有化を機に、中国では各地で反日デモが発生した。日本車の不買運動にとどまらずトヨタ・カローラに乗っていた男性が襲撃される事件も起きた。反日の波に揺さぶられながらも中国進出を続けるトヨタの姿を浮き彫りにするとともに、カローラを襲った21歳の男の「悲しい人生」への不満をさぐる迫真の現地ルポで、中国の今が見えてくる。

◇第1章 反日の足元 揺れるトヨタ
◇第2章 国のあつれき 翻弄91年
◇第3章 迫られた現地ブランド
◇第4章 部品メーカー退路なし
◇第5章 抗日・貧困 男はデモで爆発した


第1章 反日の足元 揺れるトヨタ

 「車は日本車ですが、心は中国のもの」「尖閣諸島・魚釣島 わずかでも領土は譲らない」……。
 中国各地ではいま、愛国心をうたうシールを貼った日本車が目立っている。


 2012年9月の日本政府による尖閣諸島の国有化を機に、中国では反日デモが発生。日本車が標的となった。トヨタ自動車の中国最大の工場がある天津市でも、記憶はなお鮮明だ。ある男性(38)はシールについて「車と自分を守るためだ」と語った。
 「『トヨタの中国部門』ではなく、現地に根づいた『中国トヨタ』として、中国社会に貢献し続けたい」
 11月、広州モーターショー。日中関係が悪化してから初めての展示会で、トヨタの大西弘致・中国本部長は語りかけた。
 出展しないとの観測も流れたが、ふたを開ければ、過去最大の4500平方メートルの展示ブースを設けた。中国は、年間新車販売の2千万台突破も見込まれる世界最大の市場。そこからの撤退はないという強い意志のあらわれだった。
     ◇
 尖閣諸島問題を機に、日中関係は新たな局面を迎えた。領土問題は中国のナショナリズムを刺激し、日本車の不買運動も起きた。安倍政権の発足でさらなる緊張を見込む声も出ている。反日の足元で、揺さぶられるトヨタと中国の関係の実像に迫る。


第2章 国のあつれき 翻弄91年

◎戦争…紡織工場は接収 待たされた車現地生産
 トヨタと中国の関係は、日本と中国のあつれきに翻弄(ほんろう)されてきた。その源流が広州市から約2千キロ北の上海市内の川沿いにある。
 古びた建物には看板も何もない。ここは、自動織機を発明し、トヨタグループの礎を築いた豊田佐吉が、今から91年前の1921(大正10)年に設立した豊田紡織の工場の跡地だ。
 工場は自動織機ブームに乗って巨額の利益を生み出し、日本で自動車事業を始める元手となった。しかし、37年に日中戦争が勃発。中国軍に放火され、撤退に追い込まれた。戦後は資産ごと接収され、中国の国有企業に衣替えした。「あまり公にしたくない歴史」(トヨタ幹部)という。


 戦後、一大自動車グループに成長したトヨタは、再び中国に足を踏み入れる。64年のクラウンの輸出が始まりだ。ただ、トヨタの現地生産を中国政府はなかなか許可しなかった。80年代初め、中国政府から現地生産を要請されたが、日米自動車摩擦を打開するため、トヨタが米国の生産を優先したことが遠因とされる。
 その間に欧米メーカーは次々に現地生産を開始。独フォルクスワーゲン(VW)は85年に、米ゼネラルモーターズ(GM)も98年に生産を始め、巨大市場の開拓に乗り出した。
 トヨタがようやく現地生産を始めることができたのは、2000年。中国政府が認めたのは、本命の乗用車ではなく、バス生産。工場の場所も沿岸部ではなく、内陸部の成都だった。
 「成都は、日本陸軍が来なかったからトヨタも進出できたんですよ・・・

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