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朝日新聞社

プロメテウスの罠〔23〕 日本への不信「英雄的犠牲を求める」

初出:2013年1月3日〜1月17日
WEB新書発売:2013年2月8日
朝日新聞

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 原発事故後、米国は日本政府の無策に怒っていた。在日同胞の被曝を危惧し、自衛隊の「英雄的犠牲が必要」と迫った。極秘公電を受け、菅総理は自衛隊に出動を命じ、ヘリ放水による原発冷却作戦が開始された。原発上空は、高さ30メートルで毎時247ミリシーベルトと高い放射線量だった。爆発も起きた。空中から、隊員は不安を抱きながら果敢に任務を追行するも、米側は不満だった。「日本は情報を隠している」。時間だけが浪費された3・11直後の日米の動きを詳述する。

◇第1章 「米が懸念」極秘公電
◇第2章 「やれるうちに」
◇第3章 駐米大使の胸騒ぎ
◇第4章 「英雄的犠牲が必要」
◇第5章 知日派筆頭格の涙
◇第6章 自衛隊がやります
◇第7章 最高司令官の感謝
◇第8章 徹夜で作戦練った
◇第9章 急変「ちくしょう!」
◇第10章 おれ、死ぬのかな…
◇第11章 まだ生きてるだろ!
◇第12章 もっと入れるべきだ
◇第13章 勝手にしゃべるな
◇第14章 「何の要請もない」
◇第15章 米の危機感は続いた


第1章 「米が懸念」極秘公電

 1本の極秘公電が、2011年3月14日深夜から15日未明にかけ、米・ワシントンに駐在する駐米大使の藤崎一郎(ふじさきいちろう)(65)から外務省に届いた。
 福島第一原発事故が起きて3日後。自衛隊ヘリによる原発への空中放水を、日本政府が決める前だ。
 公電には、米軍トップの統合参謀本部議長、マイケル・マレンが藤崎に強く迫った文言が並んでいた。
 公電はA4判の日本語の横書きで、右上に「極秘」のゴシック文字。公電には普通電・取扱注意・秘・極秘の4段階があるが、その最高レベルだ。
 左上には「電信」の太字があり、上部に保存期間、文末には限定された配布先が列記されていた。電子データで送られ、印字すると透かし文字で閲覧省庁や通し番号が出る仕組みだ。
 機密を漏らした場合、国家公務員法違反に問われる可能性があるため、表立って公電について認める政府関係者はいない。
 藤崎は12年11月末に退任した。取材に対し、公電の存在自体を認めていない。首相として報告を受けたはずの菅直人(66)は「覚えていない」と答えた。
 公電に接した複数の人物に朝日新聞が取材し、具体的な証言を得た。浮かび上がったのは、日本政府に対する米のいらだちだった。
 マレンはホワイトハウスに常時出入りし、大統領と直接やりとりする立場だ。そのマレンが「日本は何をしているのか」と厳しく問いただしていた。米国は、日本政府が事故対応を東京電力任せにしている、とみていた。
 14日午前、第一原発では1号機に続いて3号機が爆発していた。午後には2号機が、冷却困難に陥って炉の圧力が上昇した。
 しかし、マレンの危機感は4号機に集中していた。原発の冷却に自衛隊を使え、ということにまでマレンは言及していた。
 「米軍は4号機が危ないと考えている。自衛隊などを使って、あらゆる手段で冷却するべきだ」
 4号機の核燃料プールには、1〜3号機に比べて圧倒的に多い1535体の核燃料が入っている。プールの水がなくなるとメルトダウンが始まり、膨大な放射能が飛び散ってしまう。影響は日本全土に及ぶ。
 「米国は、原発事故について、あらゆる準備がある。大統領は非常に心配している」ともあった。
 マレンは「大統領」と表現していた。米軍だけでなく米国そのものが懸念している、ということだ。
 外務省は、この公電を首相や関係省庁に閲覧制限をかけて回した。
 極秘公電から数時間経った15日午前6時すぎ、マレンが懸念した4号機が爆発を起こした。2号機の圧力計も異常値を示した。
 午前7時、米軍が今も非公表とする事態が起きる。
 第一原発から約300キロ離れた米海軍横須賀基地で、放射線量の増加を告げる警報が鳴ったのだ。米軍はただちに基地内の女性と子どもを退避させた。
 米海軍は、原子力空母を保有するため、放射線量の安全管理が厳しい。検知された放射能は、福島から飛散してきたと推測された。
 原発がさらに悪化すれば、東アジアの重要拠点である横須賀基地が使えなくなるかもしれない。知らせを受けた米政府で焦りが広まった。
 ワシントンは、原発処理に挑む姿がみえない日本に見切りをつけようとしていた。


第2章 「やれるうちに」

 駐米大使からの極秘公電が日本に届いてから、1日が過ぎた。
 米・ワシントン、2011年3月16日午前1時半。日本時間では同日午後のことだ。
 米国務省が主催し、日本の原発事故を話し合う米関係組織の電話会議が開かれた。


 参加したのは米政府の各省庁、国防総省、米原子力規制委員会、在日米大使館などの約60人。
 テーマは「在日米軍と在日米国人の安全について」。1〜3号機の制御失敗を受け、4号機を放置したまま東京電力が福島第一原発からの撤退を申し出たという情報も伝わっていた。4号機のプールには大量の核燃料がある。誰もが深刻な議論になると覚悟していた。
 司会役は国務次官補のカート・キャンベルが務めた。国務省の東アジア・太平洋地域の担当だ。
 夜が深まる中、国務省の会議専用電話番号に次々とダイヤルがあり、出席者がそろった。
 米軍幹部が口火を切った。
 「危険がないといえる保証は何もない」
 強い危機意識だった。
 続けて、米太平洋艦隊司令官の決意が代弁された。
 「誰ひとり、部下を放射線にさらしたくない」
 前日、米海軍は事故の今後を推測したメモを国務省や国防総省に回していた。そこにはこうあった。
 「4号機の使用済み燃料プールの水がなくなって燃え出したら、東京も高い放射性物質で覆われる危険がある」
 海軍は放射能の安全管理が厳しく、知識も豊富だ。その海軍がつくったメモには影響力があった。
 緊迫した雰囲気が満ちた。
 「While we can(やれるうちに)」
 会議では次第に、この言葉が繰り返されるようになった。最悪の事態まで時間がないかもしれない。やれるうちにやれることを――。
 やるべきこと、が見えた。
 「米軍を含め、東京近郊の米国民全員を、今すぐ避難させよう」
 日本政府の決断的な行動がないことも、米側の危機感を助長した。駐日大使館や在日米軍は、家族が日本で暮らすため、切実だった。
 原発事故を「電力会社内部の事故」ととらえた日本と、「大惨事の恐れのある地球的規模の災害」と判断した米国。その温度差は大きかった。


第3章 駐米大使の胸騒ぎ

 在日米軍を始め、在留米国人をすぐに国外に退避させる――。
 米国時間2011年3月16日午前1時半から開かれた米政府の電話会議では、この意見が大勢を占めた。
 日本に米軍不在の事態が起きるが、それも辞さない。そこまでの強い決意が示された。
 しかし、軍の退避はオバマ大統領の決定が必要となる。会議終了は16日の午前2時半だ。ホワイトハウスが動き出すまでは時間があった。
 国務省に特別班が編成され、避難時の想定が始まった。
 日本時間では16日の午後だった。
 東京近郊には、約9万人の米国人が住む。放射性物質が東京上空に達するまで数時間と見積もると、全員を避難させるのは難しい。とりあえず羽田空港と成田空港に、2機ずつ計4機の民間チャーター旅客機が確保された。
 そのころ日本は、自衛隊ヘリによる原発への水の投下を試みていた。放射線量が高かったため16日は失敗、17日に再挑戦することになる。
 ワシントン、16日明け方(日本時間同日夕)。
 国務次官補のキャンベルのところに、スーパーコンピューターの試算が届いた。米原子力規制委員会とエネルギー省が気象情報をもとに放射性物質の拡散を計算したものだ。
 結果はこうだった。
 「最悪のシナリオでも、東京はなんとか被災を免れる」
 東京の避難は今すぐ必要ない。キャンベルはホワイトハウスと話し合い、そう結論を出した。
 米政府としての案が決まった。
 一、原発から50マイル(80キロ)圏内の米国民への避難勧告。
 一、政府職員の家族への自主避難許可。
 米国で同様の事故が起きた場合の手順を参考に、専門家の意見も入れた。避難エリアは日本政府の「20キロ圏内」を大きく上回っていた。


 キャンベルはそれらの方針を日本に知らせることにした。
 もう一つ、伝えるべきことがあった。日本政府への「怒り」だ・・・

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