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朝日新聞社

イイクニじゃない鎌倉幕府 問い直される歴史の「常識」

初出:2013年1月28日〜1月31日
WEB新書発売:2013年2月15日
朝日新聞

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 鎌倉幕府が成立した年は? と聞かれれば、30代以上の多くは、「いいくに作ろう」の語呂合わせでおなじみの、1192年と答えるだろう。しかし、歴史教科書の一部では、1185年という年号が採用され始めている。その前提となる「幕府」や「統治」という概念自体が、問い直されているためだ。弥生時代の開始時期や、古代アナトリアの遺跡の年代解釈、東アジアの歴史認識の溝など、これまで歴史上の「常識」とされてきた見方が、さまざまな事情で揺らいでいる例を見ながら、歴史学のいまを考えてみたい。

◇第1章 「いいくに」じゃないかも
◇第2章 「弥生」いつから、平行線
◇第3章 4大文明、測って見えた
◇第4章 視点共有を試み一歩ずつ


第1章 「いいくに」じゃないかも

 鎌倉幕府が成立した年は――。30代以上の人の多くは、「いいくに作ろう」の語呂合わせでおなじみの1192年と答えるだろう。しかし、歴史教科書の一部は、1185年という年号を採用し始めている。
 92年は源頼朝が朝廷から武家のトップである征夷大将軍に任じられた年だ。一方、85年は頼朝が軍事・行政官である守護や地頭を各地に置くことを朝廷から許された年。教科書が、形式より頼朝の実質的支配の始まりをもって幕府成立とみるよう、記述を変えていっていることがうかがえる。
 だが、鎌倉幕府の成立時期について、実は歴史学界ではいまだに決着が着いていない。実際、「国史大辞典」には、1180年から1192年まで、七つの説があがっている。
 諸説が林立するに至った原因の一つは、幕府という概念自体が江戸時代後期に生まれたものだということだ。「鎌倉幕府」という言葉が初めて使われたのは明治時代。頼朝に仕えた武士たちには、自分たちが、政治・軍事を武家がつかさどる「幕府」の構成員であるとの認識はなかった。
 いまの枠組みを、後付けで過去に当てはめようとするのだから、研究者の定義次第で時に歴史は変わる。
 学習院大の家永遵嗣(じゅんじ)教授(日本中世史)によれば、室町幕府の終わりも、全国統治能力を失った1500年前後とする説、将軍が追放された1570年代とみる説などがあるという。
 「鎌倉幕府イコール日本初の武家政権」という見方にも近年異論が出ている。2012年の大河ドラマの主人公・平清盛が、初の武家政権を確立したという説だ・・・

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