教育・子育て
朝日新聞社

さらば日本の学校! 子どもたちが「海外」を選んだわけ

初出:朝日新聞2013年2月6日〜2月23日
WEB新書発売:2013年3月1日
朝日新聞

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 詰め込み、軍隊式管理、教師と児童生徒の不平等な関係、そして英語など、グローバル化時代に対応した教育内容の不足――こんな教育の現状に疑問を感じ、中高一貫校や名門校など、めぐまれた環境にありながら、高校を卒業してすぐ海外の大学に進学したり、小中高校生のうちに留学する子どもたちが増えつつあるという。何が彼らをそうさせたのか? 「捨てられる」日本教育の現状を問う。

◇第1章 ハーバードだ、直感した
◇第2章 先生と対等に議論したい
◇第3章 100万語読んで、いざ米国へ
◇第4章 他人と違うこと、してみたい
◇第5章 環境がらっと変えリセット
◇第6章 スケボー大好き、のびのび楽しむ
◇第7章 豪州でガールズトークに花
◇第8章 祖母の期待、裏切れない
◇第9章 震災後、スイスでついた度胸 
◇第10章 いじめられた過去ふっきれた
◇第11章 南米チリの歴史にひかれて
◇第12章 日本のこと、もっと知りたい
◇第13章 生徒はビシッ「ザ・中国」体感
◇第14章 「アウェー」生活、失敗怖がらず


第1章 ハーバードだ、直感した

 「『consumption tax』はどういう意味だ?」
 講師が問うと、生徒たちが「消費税!」と声をあげた。
 1月半ば、ベネッセお茶の水ゼミナール東京本校(千代田区)で、海外の大学などをめざす「ジュニアマスタークラス」の授業があった。中学1年生が対象。定員15人の少人数制だ。
 この日は、消費増税についての英字新聞の社説を読み、50〜60語の英語で自分の意見を書いた。大学受験やTOEFLで出題されそうな問題だが、受講生の伊倉一成君(13)はすらすらと書き始めた。「低所得の人々が苦しむので、消費税増税には反対です」
    ◇
 クラスでは、「使える英語力」の習得に重点を置き、日本人講師と外国人講師が90分ずつ教える。ここで中1が1年間で学ぶ英単語の量は、普通の中学生が3年間で学ぶ量の5倍にのぼる。開講は昨春。入会希望者は定員の約5倍だった。選抜試験では英語力は問わず、日本語の作文で論理的思考力をみた。
 伊倉君は、私立中高一貫校の1年生。中学受験時は、東大をめざすつもりだった。だが、中学に入学して2カ月たったころ、新たな目標が見つかった。教室で配られた、卒業生の体験談を紹介した冊子に、米国のハーバード大に進学した先輩の声が載っていたのだ。
 「勉強だけでなく、スポーツでもトップクラスの学生たちが世界中から集まり、いい刺激を受けている」「平日は図書館にこもって勉強し、週末は寮の仲間と遊ぶなど、メリハリのある大学生活を送っている」
 伊倉君は、幼稚園はインターナショナルスクールに通っていたこともあり、小学4年で英検準1級を取得している。だが、海外の大学に進学する選択肢なんて、考えたこともなかった。これだ、と直感した。
 「国内の大学だと日本人ばかりだろうけど、米国の大学ならたくさんの国から留学生が集まり、いろいろな知識や発想に触れることができる。勉強は大変でも、頑張れば自分のなりたいものになれそうだと思った」
 ジュニアマスタークラスの授業は進度が速くて大変だ。でも今、新しい文法を覚え、使えるようになることが楽しい。
 志望大学はハーバード大と、同じく米国のエール大。医学か物理学を学んだ後、日本に戻り、研究などを通じて社会の役に立ちたいと考えている。


 この10年、日本の大学生の海外留学者数は減少傾向が続く。そんな中、日本を飛び出そうとする子どもたちの動機は何か。
 ベネッセコーポレーションのお茶の水ゼミナール担当者は、「保護者の危機感」を挙げる。「親が仕事の現場で、偏差値より『社会人基礎力』の高さが大切だと実感し、留学を勧める。その影響で、子どもの意識も変わってきているのではないか」
 受講生の一人で、都内の中高一貫校に通う宮澤佑門君(12)も、会社員の父(46)に「これからは英語で議論できないと、活躍の場が狭められかねない」と言われてきた。
 3歳からエレキギターを始め、8歳でニューヨークでライブに出演するチャンスを得た。でも英語が話せず、通訳を介してやりとりするしかなかった。使える英語を身につけたいという思いは人一倍強い。
 将来は演奏にとどまらず、ギターのアンプやエフェクターといった音響機器を自分で作れるようになりたい。そのためにエンジニアリングの勉強をするつもりだ。志望は、英ケンブリッジ大。「夢を大きく持って、上をめざしたいと思います」

◎小中高校生の留学、増える兆し
 文部科学省などによると、2009年の日本人学生の海外留学者は6万人弱で、04年のピーク時の約3分の2に減少。増加傾向の中国やインドはもちろん、国人口が約半分の韓国よりも少なく、学生の「内向き志向」が指摘されている。
 一方、産業界ではグローバル化が進み、業務で海外と交渉できる人材育成が急務とされる。政府の「グローバル人材育成推進会議」は、12年6月に発表した最終報告で、1年以上の長期留学をする高校生、大学生を計11万人に増やし、22歳人口の約1割が留学を経験していることを目指す、としている。
 高校を卒業してすぐ海外の大学に進学したり、小中高校生のうちに留学したりする子どもたちが増える兆しもある。海外教育コンサルタンツ(本社・東京都渋谷区)で25年前から小中高生の留学支援をする粂原京美社長によると、夏休みなどを利用した短期留学の参加者は小中生の伸びが顕著。長期留学も低年齢化し、8歳の男の子がスイスに飛び立った例もあるという。
 一橋大学国際教育センターの太田浩教授は「日本の教育がグローバル時代に十分対応できていないと考える保護者が増えていることの表れでは」とみる。
 障壁は、年間数百万円もの高額な留学費用だ。ベネッセ教育研究開発センターが12年、大学1〜4年の子どもがいる保護者を対象に調査したところ、「子どもには海外留学を経験させたい」人は、実際に経験させた人を含めて約43%。「費用負担がネックになる」と答えた人は6割強にのぼった。


第2章 先生と対等に議論したい

 こんな中学、辞めたい――。
 米国東部のラファイエット大学1年の芝野加奈子さん(20)は、大阪府内の中高一貫校に在学中、ずっと悶々(もんもん)としていた。
 幼稚園、小学校、中学校と毎回受験してきた。中学では吹奏楽部に入って課外活動にも励みたかったのに、「思い描いた中学生活と全然違った」。大学受験に向け、1年生から授業が午後5時までという日もあり、部活もまともにできなかった。
 決定的だったのは、中3の公民の授業で、テスト問題の出題方法について先生に質問した時。答えるどころか、「そんなに揚げ足を取りたいんか」と逆ギレされ、閉口した。「問題の意味がわかりにくくて、解答を間違えていた友達がいたので、尋ねただけだったのに……」
 転機は中3の夏に参加した米国での約6週間のサマースクールだった。授業で質問や発言をすると、先生が生徒と対等に議論してくれる。答えを間違えても、考える過程を大切にしてくれたこともうれしかった。米国式の双方向の学び方が、自分には合っている、と実感した。
 中学を卒業したら、米国の高校に進みたいと、会社を経営する父と母を説得。TOEFLなどの試験対策を始め、年明けには家族3人でいくつかの学校を訪問した。2008年9月から、米ニュージャージー州にある全寮制高校の9年生(中3)から通うことになった。
 学校には韓国や中国、台湾からの留学生がそれぞれ10人以上いたが、日本人は自分だけ。頼れる人がいなくてつらかったが、その分、「英語が上達するスピードも速かった」。
 中学時代のサマースクールでは、同室の韓国人に歴史や領土問題について責められっぱなしだった。「知識も英語力もなく、言い返せない自分が悔しかった」。帰国後、東アジア諸国の教科書で日本がどう書かれているかをまとめた本を読んだ。高校ではアジアの留学生とも冷静に語り合えた気がする。
 大学では国際関係論と経済学を専攻する予定。将来は日本の大学院に進み、外交官や政治家になりたい。そんな夢を描いている。


第3章 100万語読んで、いざ米国へ

 横浜市の聖光学院高校3年の古川尚史君(18)は、小学生のころから、高校時代に1年間、留学したいと考えていた・・・

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さらば日本の学校! 子どもたちが「海外」を選んだわけ
216円(税込)

詰め込み、軍隊式管理、教師と児童生徒の不平等な関係、そして英語など、グローバル化時代に対応した教育内容の不足――こんな教育の現状に疑問を感じ、中高一貫校や名門校など、めぐまれた環境にありながら、高校を卒業してすぐ海外の大学に進学したり、小中高校生のうちに留学する子どもたちが増えつつあるという。何が彼らをそうさせたのか? 「捨てられる」日本教育の現状を問う。[掲載]朝日新聞(2013年2月6日〜2月23日、13500字)

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