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朝日新聞社

猫とカメラとソースコード パソコン遠隔操作事件容疑者の行動を追う

初出:2013年2月11日〜2月18日
WEB新書発売:2013年2月22日
朝日新聞

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 パソコン遠隔操作事件で、4人を誤認逮捕する失態を演じた警察が、30歳の男の逮捕に踏み切った。きっかけは、ネット空間を出た男が、現実世界に残した足跡。真犯人を名乗るメールを何度となく送り付け、進まぬ捜査をあざ笑った「劇場型」の事件は、解決に向かうのか。猫カフェから江ノ島まで、容疑者逮捕までの捜査当局の動きを追う。

◇第1章 猫とカメラ、特定の鍵
◇第2章 3度のメール、自己顕示欲と偽装工作
◇第3章 チームで仕事、談笑 社長「PC少年が大人になった感じ」
◇第4章 PC遠隔操作「普通の技術」組み合わせ ウイルス、犯罪予告に特化
◇第5章 ウイルス「誰でも作れる」 中2、掲示板から作成
◇第6章 「静かな」遠隔操作ウイルス蔓延 感染、レジもカメラも
◇第7章 ウイルス対策に盲点 高度な技術、単純手口見逃す


第1章 猫とカメラ、特定の鍵

◎現実世界の物証追跡 停滞捜査動かす
 1月中旬、東京・秋葉原のネットカフェを警視庁の捜査員が訪れた。「この利用者を知っていますか」。4人の名前と生年月日を挙げ、利用履歴の確認を店員に求めた。
 その中でただ1人会員登録していたのが片山祐輔容疑者(30)だった。捜査員はその翌週、片山容疑者が使ったパソコン(PC)2台を押収し、持ち帰った。


 停滞していた捜査を動かしたのは、真犯人を名乗る人物が「現実世界」に次々と残した痕跡だ。
 2013年の元日午前0時すぎ、「真犯人」からのメールが朝日新聞記者らに届いた。事件に関するデータを入れた記録媒体を関東の山中に埋めた、との記載があった。指定された山中を捜査員が捜索したが、見つからなかった。
 「オオカミ少年みたいに思われるのが不本意」
 4日後の1月5日、真犯人を名乗る人物はこう記したメールをさらに報道機関などに送った。神奈川・江の島の猫にヒントを残したという内容だった。捜査本部はその日のうちに猫を発見し、首輪を押収した。一連の事件で初めての「現実世界での物証」だった。
 首輪に仕込まれたメモリーカードには、「ソースコード」と呼ばれる遠隔操作ウイルスのプログラムが記録されていた。アルファベットや数字の文字列だ。
 一連の事件でPCが感染したウイルスには、数種類のソースコードが確認されていた。捜査本部が調べたところ、逮捕容疑となった殺人予告に使われたウイルスの文字列と、メモリーカードに入っていた文字列が完全に一致した。
 捜査本部は、江の島の島内の防犯カメラの映像を調べた。35台のカメラが12年12月21日に取り付けられたばかりだった。このうち、高台にある広場のカメラに不審な男が映っていた。
 1月3日の午後3時ごろ、1人の男が猫に近づき、まもなく立ち去ると、猫の首に首輪が取り付けられていた。この男とよく似た男がその後、バイクで東京都江東区に移動していたことが、道路周辺の防犯カメラの映像などからわかった。
 一方で捜査本部は、12年10月に東京都内の弁護士らに届いた犯行声明メールをヒントに、同種事件で過去に摘発された人物の洗い出しを進めていた。「警察・検察をはめてやりたかった」。捜査当局への強い恨みをうかがわせる文面があったためだ。
 浮上した数人の中に、バイクのナンバープレートから判明した所有者と一致する人物がいた。元日のメールが示した山中へ12年11月下旬に向かった車の存在も浮上し、その所有者とも一致した。片山容疑者だった。



◎逮捕前日、1人で猫カフェに
 逮捕前日の9日午後2時過ぎ、猫と触れあいながら飲食できる東京・浅草の「猫カフェ」で、片山容疑者は1人で生ビールを飲みながら1時間、猫と戯れた。「抱き上げたり、猫じゃらしを使って遊んだり。猫好きなんだなと伝わってきた」とオーナー(29)は振り返る。
 約700メートル離れた別の猫カフェにも1年ほど前から何度か来ていた。どちらの店でも、店員との会話はほとんどなかったという。
 近隣住民などによると、片山容疑者は自宅近くの小学校を卒業後、私立の中学校に進学。工学系の大学に進んだが中退した。ここ数年は母親と2人暮らしだったという。勤めていた都内のIT関連会社の社長(64)によると、片山容疑者は2008年2月からプログラマーとして働いていた。12年11月下旬ごろ、体調不良を訴えて休職し、2月12日に復帰予定だった。
 片山容疑者は、ネット掲示板に殺害予告を書き込んだとして05年に逮捕、起訴されている。傍聴マニアの芸人、阿曽山大噴火さんの裁判傍聴記「被告人、前へ。」(河出書房新社)によると、片山容疑者は公判で、中学時代にいじめを受け、大学に入っても友だちができなかった、と告白。事件を起こした動機について「人の反応を得ることがしたかった。誤った満足感に浸っていた」と語っていた。



□〈PC遠隔操作事件〉
 12年6〜9月、大量殺人や爆破などの予告が自治体のサイトに書き込まれたり幼稚園にメールで送りつけられたりした。警視庁、大阪府警、神奈川県警、三重県警が男性4人を逮捕。その後の捜査で、それぞれのパソコンがウイルスにより遠隔操作されるなどしていたことが判明。真犯人を名乗る人物が12年10月、弁護士などに犯行声明のメールを送り、4人が逮捕された事件を含む13件の犯罪予告に関与していたと告白。警察庁長官が誤認逮捕を認め、謝罪した。


第2章 3度のメール、自己顕示欲と偽装工作

 遠隔操作事件では、「真犯人」から朝日新聞記者に3度メールが届いた。自己顕示欲がにじむ一方、捜査の攪乱(かくらん)を狙ったような偽装工作がちりばめられたメールは、容疑者特定のきっかけとなった。
 「お久しぶりです。真犯人です・・・

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