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経済・雇用
朝日新聞社

デスマーチ 若者を襲う、出口なき過労死のスパイラル

初出:2013年2月1日〜3月5日
WEB新書発売:2013年3月15日
朝日新聞

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 長時間労働やストレスに追い詰められ、死を選ぶ若者がいる。過労などが原因で精神障害となり、労災を認められた人は2011年に325人もいる。先端的なイメージのあるシステム開発の現場では、人員不足や労務管理の甘さ、納期厳守、24時間対応のサポートなどのため、長時間の残業や深夜勤務が続き、関係者が次々と倒れ、残った人の負担がさらに増していく「デスマーチ」が問題となっている。システム業界以外の事例も丹念に追い、「残業ゼロ」で成長を遂げた女性用下着メーカー元社長のインタビューなども交えながら、「働き過ぎる日本の不幸せな若者たち」の現実をえぐり出すルポ。

◇第1章 SE業界「死の行進」/迫る納期、連日の残業 「みんなも疲弊」休めず
◇第2章 入社半年、「予選」の重圧/燃える希望、消され自殺 「私は弱かったのか」
◇第3章 正社員の座、過労と引き換え/「倒れそう」7日後自殺 「いいように使われた」
◇第4章 役所勤め、残業にのまれる/「リセットボタンないかな」
◇第5章 〈反響編〉潰れる社員、切り捨てか/「成績悪い」朝礼で名指し 少ない若手に仕事集中
◇第6章 〈経営の立場から〉残業ゼロ、企業も社員も万歳/違反はボーナス減 仕事の効率アップ


第1章 SE業界「死の行進」/迫る納期、連日の残業「みんなも疲弊」休めず

 福岡市に住む男性(31)には、東京でシステムエンジニア(SE)をしていたころの忘れられない風景がある。
 午前1時過ぎ。広さ約900平方メートルのオフィスでは、あちこちでキーボードをたたく音が聞こえた。
 目がかすみ、パソコンのモニターの文字がぼやける。頭が鈍く痛む。終日パソコンの前に座っているため、肩も腰もこわばってきた。
 「もう限界。寝かせてもらうわ」。男性はパイプいすを3脚並べ、その上にスーツのまま横になった。都内のオフィスから神奈川県内の寮に帰る終電は、もうなかった。
 同じ列の2、3メートル先に座る同期の西垣和哉さん(当時24)が、けだるそうにパソコンに向かっている。「そんなにやったら、もたんのに」と思ったが、声はかけなかった。数十分後、和哉さんも限界に達したのか、パソコンを片付けて机に突っ伏した。2003年の秋ごろだった。
    ◇
 2人は、電機・IT大手富士通の子会社「富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ(SSL)」のSE。コンピューターを目的通りに動かすためのプログラムを書く仕事だ。期限までに仕上げるため、深夜まで作業することもまれではなかった。
 その年の11月、和哉さんの欠勤が増えた。「抑うつ状態」と診断されて休職。3カ月後に復職したが回復せず、ブログには「もっと健康的に生きたい」と書いた。06年1月、うつの治療薬を大量に飲んで死亡した。27歳だった。
 男性も05年2月、富士通SSLをやめた。布団から起き出せなくなり、「抑うつ状態」と診断された。「僕たちはデスマーチ(死の行進)に巻き込まれたんだと思う」
 人員不足の中で納期に間に合わせるため、連日の残業を求められる。誰かが休むと残った人の負担がさらに増える――。情報通信産業の労働環境に詳しい、産業医の林剛司さん(日立健康管理センタ長)によると、SEたちが働く現場で、体調を崩す人が続出する状況は「デスマーチ」と呼ばれる。米国のSEが使い始めた。


 林さんは「管理職が若い情報通信産業では、労働時間や健康面の管理が徹底されない企業がある。コスト削減を意識するあまり、デスマーチに近い状態に陥る職場が多い。業界全体の課題だ」と話す。
 和哉さんは兵庫県生まれ。情報処理を学ぶ専門学校を卒業し、02年4月、富士通SSLに入った。2人で暮らしてきた母の迪世(みちよ)さん(68)には「関東の方が大きい仕事ができる」と抱負を語っていた。
 最後に和哉さんと話したのは、亡くなる3カ月前。2回目の休職に入り、神戸市の実家に帰ってきた時だ。目がうつろで、しばしば会話が途切れた。「会社辞めたら」と説得したが、「うつなのは他の人も同じや。働きながら治すしかない」と聞かなかった。


 迪世さんは3度にわたって労災を申請したが、国は認めなかった。09年2月、東京地裁に提訴。11年3月に勝訴し、労災が認められた。
 判決によると、和哉さんは入社1年後、テレビ局向けシステムの開発を担当し、急に忙しくなった。残業時間は、03年4月で103時間以上、7月も98時間以上だった。徹夜や休日出勤もあったが、メンバーは増えなかった。
 オフィスには、社外も含めて200人以上のSEらが集まっていた。長机の上で仕事道具のノートパソコンを開く。1人分の作業スペースは幅80センチほどしかなかった。室内の二酸化炭素の量は、国が定める基準を超えていた。判決は「(和哉さんの)心理的負荷の程度は『過重』と評価するのが相当」として、国の不認定処分を違法だとした。
 富士通SSLは再発防止策をとると約束した。広報室の担当者は「労働時間の短縮や、休憩設備の設置などで労働条件の改善に取り組んでいる」と話す。迪世さんは会社の改善を見守ると共に、国に過労死問題への取り組みを義務づける「過労死防止基本法」の制定を呼びかける。
 同期の男性は富士通SSLを退職後、ほかのソフトウエア会社に営業職として入った。「デスマーチを起こしたくない」と、SEの健康管理や顧客との調整を引き受けた結果、自分の残業が増え、再びうつ状態に。退職し、今は体調を整えながら仕事を探している。もう、SEに戻るつもりはない。


第2章 入社半年、「予選」の重圧/燃える希望、消され自殺「私は弱かったのか」

 2008年10月、気象情報会社ウェザーニューズで働く男性(当時25)が、千葉市の自宅で練炭自殺した。
 4月に正社員として働き始めたばかり。「希望に燃えて会社に入ったのに」。京都市に住む兄(34)は悔しがる。
 兄が思い出すのは、小学3年生のころの弟の姿だ。
 「お兄ちゃん、こんなに積もったよ!」
 弟はそう言ってはしゃぎ、庭先に積もる雪を物差しで測った。「気象観測」は冬の日課。大学ノートに毎日の天気や積雪、明日の予想をメモした。


 大学生の時に気象予報士の試験を受けたが、不合格。卒業後に入社した電子部品メーカーは1カ月でやめ、再び試験に挑戦。合格して、ウェザーニューズの社員になった。テレビで放送される天気予報の原稿づくりを担当した。
    ◇
 「弟を追いつめたのは、社内で『予選』と呼ばれた人事制度だった」。兄はいう。
 ウェザーニューズによると、新入社員は社内で「ポッシブル・ウィナー(勝者になることが可能な者)」と呼ばれる。入社後半年間は、会社と社員との「相互評価期間」とされる。その期間に、経営全般に関わる「経営職」になるか、勤務時間や仕事内容を限定した「契約スタッフ職」になるかが決まる。新入社員30〜40人のうち、年に1人か2人が「契約スタッフ職」になるという。
 「予選通過。必死」。兄によると、弟が仕事で使っていたノートには、こうあった。
 弟の携帯電話に残ったメールや同僚の話をまとめたところ、弟は午前8時に出社。ほぼ毎日、午後11時以降まで働いた。午前2時ごろまで働くことも多く、6、7月の残業時間は200時間を超えた。
 ところが、上司の評価は厳しかった。9月には「なんでこの会社にきたのか。迷い込んできたのか」と問い詰められた。同僚に「死にたい」ともらすようになった。
 入社半年後の10月1日、上司から「予選通過は難しい」と告げられた。亡くなったのは翌日だ・・・

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