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朝日新聞社

自転車物語 愛ある2輪車に人生を重ねた「ちょっといい話」

初出:2013年2月25日〜3月8日
WEB新書発売:2013年3月29日
朝日新聞

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 自転車は自力でペダルをこいで前に進む、人の身の丈にあった乗り物だ。風に向かい光を浴びて走り出せば、どこまでも行けそうな気がする。世界各地を二人乗り自転車で10年間漫遊した「新婚夫婦」、オシャレにも子育てにも気づかう女性の願いをかなえた「ママチャリ」開発、障害者が乗れる自転車を作り続ける下町の志ある夫婦、元鉱山町の廃線になったレール上を走る線路用自転車「ガッタンゴー」の話など、自転車の魅力に様々な人生を重ねた「ちょっといい話」を紹介する。

◇第1章 二人で結構いけるかも
◇第2章 出会い生んだ魔法の杖
◇第3章 シロガネーゼの挑戦状
◇第4章 財布カラだが任せとけ
◇第5章 1600人の足、いやまだまだ
◇第6章 ガッタン、気持ちいい!
◇第7章 春の奥飛?、心も溶ける
◇第8章 体絞ると景色が変わる
◇第9章 人の数だけコースあり
◇第10章 銀輪の夢、明日も語ろう


第1章 二人で結構いけるかも

 悲しみは半分に、喜びは2倍に。愛し合う男女の心を表して、こんなことをいう。
 では、一つの自転車を2人でこぎ、10年かけて世界一周したこの人たちはどうだったろう。
 話は22年前にさかのぼる。
 宇都宮一成(うつのみやかずなり)、当時23歳。東京の大学を卒業した1991年春、自転車好きが高じて、豪州からニュージーランドへ半年間、野宿中心のサイクリング旅行をした。
 付き合って3年になる恋人、同い年のトモ子(こ)には、毎日国際電話をかけた。いま思えば、故郷・愛媛の宇和なまりで言ったこれがプロポーズの言葉だった。「タンデムでトモちゃんと一緒に世界一周しようと思うんよ」
 2人乗りのタンデム自転車は、前後にサドルとペダルを2人分備え、一緒にこいで前へ進む。究極の「共同作業」だ。
 ニュージーランドで「もう3年走っている」という米国人夫婦に出くわし、一成はすっかり感化された。「これや! ぼくが前でがんばれば、運動が苦手なトモちゃんもついて行ける」
 熱弁をふるう一成に、トモ子は「うん、うん……」と生返事をかえした。これがまさか、10万5805キロ、88の国と地域をめぐる旅につながっていこうとは……。
 素朴で一直線の一成は、帰国して飲料会社に勤めながら資金をため、準備を進めた。トモ子は、短大を出て勤めた予備校の事務が勤続9年に。「もうこの仕事もいいかな。辞めるいい機会かなあ……」。合わせて700万円の貯金を軍資金に、97年6月、29歳の2人の「新婚旅行」がアラスカから始まった。
    ◇
 旅を始めるまで、トモ子は自転車で世界一周なんてアスリートの世界だと思っていた。でも、走ってみたら「けっこういけるかも」。何かを競うわけじゃなく、道行きを楽しむ。きつかったら休む、屋台があったら食べる。それを続けていく先に、次の町、次の国があった。
 野宿をしたり安宿に泊まったりしながら、2人は1日50キロ進んだ。北米大陸を8カ月かけて走り、一時帰国をはさんでオセアニア、南米、欧州、アフリカへ。
 タンデムは、一緒に走る相手の気持ち、そして体調が伝わってくる。「気持ちよさそうだな」「おなかが減ってるのかな」「さっきのこと、まだ怒ってる」
 台湾では「協力車」と表記するのを知り、うまいことを言うと感心した。前に乗る一成が突き進むだけではもたない。トモ子も呼吸をつかみ、カーブでは一成のハンドルの切り方を予想して体重を移動する。知らぬ間に、前へ進むことが2人の最高のコミュニケーションになっていた。
    ◇
 旅は意外な出来事の連続だった。
 中央アジアに入る前、他の自転車旅行者から「役人に気をつけろ」「賄賂を要求されたり、お札を抜かれたりするぞ」と聞かされていた。
 2003年6月、トルクメニスタン。入国手続きのあと、若くて体格のいい係官が「ちょっとこい」と言う。おっかなびっくりで行った先は食堂で、係官は一成らのチキン定食のお金を払って仕事に戻った。「僕はスポーツマンが好きなんだ」と言い残して。7月、カザフスタンでは検問の警官に呼び止められた。「君たちは痩せている。もっと食べなさい」。そう言ってお札を渡された。
 04年3月、インド。旅の最初から乗ってきたタンデムは、とうとうフレームが金属疲労でへたり、前へ進めなくなった。
 スタートからの走行距離は7万2千キロ。ここまで来て「途中でやめる」という選択肢はない。日本に一時帰国して新しいタンデムを手に入れ、再び旅へ。このあと2人は、さらに様々な体験をすることになる。



第2章 出会い生んだ魔法の杖

 宇都宮一成(うつのみやかずなり)(45)と妻トモ子(こ)(45)が1997年に始めた自転車世界旅行。2人乗りのタンデム自転車は7年目でつぶれたが、すぐに2代目を準備し、再び南米、北米をひた走った。
 自転車は「魔法の杖」のように思えた。汚い格好でただ大荷物を抱えているだけなら、怪しいやつにしか見られない。それが、自転車とともにいれば「チャレンジャー」と好意で迎えられる。
 アメリカ・テキサスでは、食料を買った店でアルバイトをしていた3人の少女が、「カンパよ」と1ドル札を2、3枚ずつ渡してくれた。一期一会の日々で、こんな出会いがたまらなくうれしい。
 ほわっと穏やか、天然系のトモ子だが、一成は「旅に向いている」と感じていた。「さっきの谷と今の谷じゃ、女の子の帽子の様子が違う」。ことさら注意して見ているわけではないのに、観察力がすぐれ、旅を豊かにしてくれた。危険もいちはやく感じて、それがたいてい当たっている。新たな面を発見するたび、またパートナーがいとおしくなっていった。
 「豊かさって、なんだろう」。自転車をこぎながら、2人は何度も自問した。マイホームにマイカー? モノや肩書? これまで、本当は無くていいものをずいぶん持たされてなかったか。どう転んでも自分は自分。まわりと比べず、自分の尺度で生きていけたら。
 空路をはさんで中国から東南アジアへ。そして2人は、台湾で諸国漫遊に区切りをつけた。
 沖縄、九州を経て、愛媛県の南にある西予市宇和町の一成の実家に戻ったのは2007年11月11日。アラスカからスタートして10年5カ月と10日、一成は39歳、トモ子は40歳になっていた。
 出版社から話があって、3年後に旅行記を出した。タイトルは「世界でいちばん長いハネムーン」。終わりに一成はこう書いた。「僕の夢に付き合ってくれたトモ子さん、ありがとう」
    ◇
 一成とトモ子はいま、瀬戸内の街、愛媛県今治市に住んでいる。しまなみ海道のサイクリング振興に取り組むNPO「シクロツーリズムしまなみ」の職員だ。スカウトしたのは、活動の中心メンバーの山本優子(やまもとゆうこ)(39)。知人に紹介してもらい、「出会うべくして出会った」と思った。
 99年に開業したしまなみ海道は、今治と広島県尾道市の間の六つの島を10本の橋で結ぶ。本州と四国を結ぶ三つの架橋のうち、ただ一つ自転車で行き来でき、地元はサイクリングを通じた町おこし、島おこしを目指す。
 一成が真っ先にとりかかったのは案内マップづくりだった。野宿しながら自転車で島々をくまなく回り、道の高低差、区間距離、立ち寄ってほしいスポットを詳しく記した地図を作り上げた。
 空港がある県都の松山市から自転車をそのまま列車で運べる「サイクルトレイン」。独身の男女にタンデムで交流をはかってもらう「恋活」イベント。アイデアは次から次に湧いてくる。開業当初の7万台から一時は半分以下に落ち込んでいたレンタサイクルの貸し出しは、11年度、6万1千台まで持ち直した。
    ◇
 車やバイクで流れていく景色だけではわからないことがたくさんある。自然と一体になって、空気も太陽も肌で感じて。難しいことは言えないが、それが自転車の最高の魅力だと思う。
 一成とトモ子は、あの旅の途中、アメリカとメキシコの国境近くで出会った高校教師の夫妻のことをいまも思い出す。「若いうちに行かなくちゃね」。還暦を過ぎた夫と妻は、そう言い残してタンデムで出発していった。
 いくつになっても、だれの前にも道は広がっている。
 この瀬戸内で、自転車がもつ可能性を探りたい。そしていつか、またタンデムで果てない旅へ。2人は、そう思っている。



第3章 シロガネーゼの挑戦状

 事件は毎週、水曜の夜9時に起きる。緊張が高まる殺人現場。そこに金ピカのママチャリが現れて……。
 1994年から放映された人気テレビドラマ「古畑任三郎」。田村正和(たむらまさかず)(69)演ずる主人公の刑事は、高級ブランド・セリーヌの自転車で登場する。これ、実は日本のトップメーカー・ブリヂストンサイクル製。30台限定30万円で84年に発売したものだ・・・

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