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朝日新聞社

プロメテウスの罠〔30〕 テロ大丈夫か「核管理32カ国中23位」

初出:2013年5月26日〜6月13日
WEB新書発売:2013年7月5日
朝日新聞

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 福島原発事故の半年後、米原子力規制委員会の元委員長が語った。もし日本が原発テロ対策条項「B5b」を事前に導入していたら、「全電源喪失や燃料プール冷却に対処できただろう」。日本の原発は海に向かって無防備な姿をさらしている。日本の安全・保安院は過去2回助言を受けていたが、なぜ対応しなかったのか。電力会社はなぜ、テロ対策を対象外としたのか。最悪を想像せず、当事者意識の薄い日本の官僚制度の限界、電力会社の無作為を、核テロの観点から問い直す。

◇第1章 無防備な巨人の横腹
◇第2章 メモも録音も禁止
◇第3章 態勢はつくったが
◇第4章 「米国と日本は違う」
◇第5章 空白の5年1カ月
◇第6章 十条通報のメール
◇第7章 「直後に起きるとは」
◇第8章 すべてが遅かった
◇第9章 官僚制度の限界
◇第10章 伝わっていたはず
◇第11章 福島が教えてくれた
◇第12章 どこが検討するのか
◇第13章 弱かった当事者意識
◇第14章 航空機が衝突したら
◇第15章 「建屋破壊の可能性」
◇第16章 筋書き通りの訓練


第1章 無防備な巨人の横腹

 2013年4月下旬の早朝、茨城県の大洗港からプレジャーボートに乗った。
 陸地に沿って北上する。
 3時間後の午前8時過ぎ、左手に壊れた原子炉建屋が現れた。福島県大熊町、東京電力福島第一原発のサイトだ。
 4基の建屋の間に並ぶクレーンが朝日に薄く染まっている。
 茨城沖で見かけた釣り船は、このあたりには一隻もいない。
 原発の5キロ少し沖合で速度を落とした。波の音しかしない。
 2号機の水色が見える。水素爆発した1、3、4号機は飛散防止カバーで覆われているが、一部の柱や梁(はり)がむき出しだ。
 付近の海域は一部、一般船舶の航行が禁じられている。が、進入を防ぐネットはない。


 数キロ前方の左手に巡視船「あぶくま」がいた。こちらの進路を横切るように右の沖へと移動している。監視しているのだろうか。
 もう1隻、小型の船がいた。青色灯を回転させて動き回っている。海水を採取する東電の調査船のようだ。甲板の船員はこちらに背を向け、気にしている様子はない。
 視界に入る船は、この2隻だけだ。
 ふっとこんなことを考えた。
 もし私が自爆覚悟のテロリストだったら――。
 原発まで5キロ余り。この船は25ノット(時速約46キロ)出る。エンジン全開で突進すれば、10分足らずで建屋の前に到達する。
 原発の高さは海から約10メートル。護岸には柵もない。津波で崩れた消波ブロックは修復されており、よじ登る際の足場になる。
 4基の燃料プールには、今も使用済み核燃料の集合体が2700体あまり入っている。4号機のプールは屋根や壁が吹き飛び、がれきが崩落している。
 東電は核燃料の取り出しを計画中だ。しかし、その作業には10年はかかる。危険な状態が10年は続く、ということだ。
 福島の事故は、原発テロの狙いどころを世界中に知らしめた。原子炉本体を破壊しなくても、電源と冷却水の供給を断てばそれで十分だ、と。
 原発の警備は、基本的に警察と海上保安庁が担っている。
 2001年の米同時多発テロ後、陸上では警察庁がサブマシンガンやライフルを装備する銃器対策部隊を24時間配備した。海では海上保安庁が警察庁と協力して警備に力を入れる。
 人間たちのそんな動きを知ってか知らずか、目の前の原発は無防備に横腹をさらす巨人のように見えた。
 日本ではテロを含む過酷事故への対策がなされないまま原発事故が起きた。想定外という言葉ですべてが片付けられ、対策がなかったのもやむを得ないという雰囲気がある。
 だが、実は日本にも対策に取り組むべき転機があった。
 話は原発事故の3年前にさかのぼる。


第2章 メモも録音も禁止

 2008年春、1通の英文ファクスが原子力安全・保安院長あてに届いた。
 差出人は米国の原子力規制委員会(NRC)。大統領に直属し、米国の原子力の安全に全面的な責任を持つ機関だ。文書の下に「秘密扱い」と記されている。
 原発のテロ対策について伝えたいことがある。代表者に対してブリーフィングする。そんな内容だ。
 ファクスは国際関係を担当していた福島章(ふくしまあきら)・首席統括安全審査官(58)のもとに回った。福島はその条件に目を見はった。
 メモは禁止。録音はだめ。通訳は入れない。
 規制当局のカウンターパートであるNRCの幹部とは、保安院として頻繁に会議を開いてきた。しかしこんな条件の経験はなかった。
 さっそく関連する部署から、渡米する職員が集められた。
 ヘッドは福島が務める。その下に統括安全審査官の神田忠雄(かんだただお)(42)、火災対策室長の白石暢彦(しらいしのぶひこ)(47)、審査係長の反町幸之助(そりまちこうのすけ)(39)、それに原発の技術支援組織である原子力安全基盤機構の2人が加わった。
 5月初め、米国に向かった。
 ワシントン郊外にあるNRC本部。6人は窓のない奥まった部屋に通された。


 相対したNRCの担当者は冒頭、情報が機密事項であることを改めて強調した。
 「B5b」
 01年の米同時テロを機につくられた原発のテロ対策。条項名から暗号のように呼ばれる。ブリーフィングはその内容だった。
 ――航空機による自爆テロが起きた場合の対応。
 ――航空機の種類、原子炉への衝突角度によってシナリオは異なる。
 ――大火災が発生し、電源が失われた時への対応。
 モニター画面を使い、説明は朝8時から、昼をはさみ午後4時まで、計6時間におよんだ。
 ホテルに戻ると、一行は一室に集まった。
 「記憶を頼りにメモにしよう」
 福島の指示でメモ起こしが始まった。最若手の反町が足の上にパソコンを乗せ、みんなが思い出す言葉を打ち込んでいく。1時間を超え、パソコンの熱で足が熱くなった。
 米のテロへの危機感が、日本側に伝わる重要な機会だった。
 問題は帰国してからだった・・・

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