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政治・国際
朝日新聞社

紅の党〔5〕 膨張する「奥の院」 全てはここで決まる

初出:2013年6月23日〜7月12日
WEB新書発売:2013年7月26日
朝日新聞

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 北京市中心部。高い塀に囲まれた「中南海」は緑と静寂の中にある。中国共産党の重要政策決定の場であり、党指導部そのものを指す言葉でもある。ここで執務ができるのは、党最高幹部らごく一部の指導者たち。ベールに包まれた宮殿に根差すその権力は、政策決定だけではなく、検察や裁判所支配、党員の行動監視、未来の指導者決定、国有企業や銀行の管理にまで及ぶ。一握りの指導者が13億人を統治する巨大国家・中国。そのメカニズムに迫る。

◇第1章 「決められるのは、中南海だけだ」 政府操る権力の宮殿
◇第2章 多数決を採らなかった最高指導部
◇第3章 カリスマ不在、奇数保つ指導部
◇第4章 謎の地下、秘密の通路や鉄道が?
◇第5章 最高指導者に愛されたプール
◇第6章 三権分立なく、検察も裁判所も党支配
◇第7章 司法トップ人事、波紋呼んだ2人の周
◇第8章 連行し殴る蹴る、超法規の「自浄組織」
◇第9章 官庁・企業…巡らせた監視網
◇第10章 未来の指導者、党が決め党が育てる
◇第11章 銀行は国の「もう一つの財布」
◇第12章 「鉄飯碗」育ち、改革目指す本丸侵食
◇第13章 マイナス面の報道は「安定脅かす」
◇第14章 消されるつぶやきアカウント
◇第15章 教会内部に多くの秘密党員
◇第16章 党の一存、教会弾圧も活動黙認も
◇第17章 「次のダライ・ラマ」選びへ布石
◇第18章 「テロ取り締まれ」 言葉通りの厳戒態勢
◇第19章 「一国二制度」なのに、トップ選びに影
◇第20章 頭脳集団から新発想 学者・軍人登用、世代またぎ育てる


第1章 「決められるのは、中南海だけだ」 政府操る権力の宮殿

 男たちは、そろって背広姿だったという。
 北朝鮮平安北道政府の幹部たちが、鴨緑江を挟んで向かい合う中国遼寧省丹東市を訪れたのは2013年4月。丹東市の当局者によると、幹部たちは、中国側に対して、朝鮮語で切々と訴えたという。
 「石油の輸出を再開してほしい」
 北朝鮮が12年12月に事実上の長距離弾道ミサイルを発射した後、中国政府は強い不快感を表明した。
 中朝関係の象徴と呼ばれるパイプラインでの石油輸送は維持されたが、大連や丹東から石油を輸送していた船の出航が停止された。量的には限定的なものだが、背広姿の北朝鮮人たちはその再開を求めたのだ。
 丹東市はその要望に応えなかった。同市当局者は「中央が決めなければ、何も出来ない」と漏らす。


 中国は北朝鮮への対応を厳格化し始めている。4大国有商業銀行が送金業務を停止。通関検査も強化され、北朝鮮人が出入国する際、原則20キロの荷物制限の徹底が図られた。これまで対応が緩く、経済制裁の抜け道との指摘も出ていた問題だった。
 「これからは北朝鮮を特別扱いしないという指導部の意思の表れだ」
 中国政府系シンクタンク関係者はそう指摘し、一連の措置は「中南海で決まった」と語る。
 「中南海(ちゅうなんかい)」は、中国共産党の指導者たちが執務室を構える北京市中心部の一角。党の重要政策決定の場を意味し、それを行う党指導部を指す言葉にほかならない。
 米国のホワイトハウスや韓国の青瓦台といった「大統領府」であり、首相官邸であり、旧ソ連時代のクレムリンでもある。かつて毛沢東や周恩来が暮らし、ニクソンや田中角栄ら外国要人との歴史的な会談が行われた場所。現在の主は党総書記の習近平(シーチンピン)だ。
 「釣魚島(尖閣諸島の中国名)問題にどう対処するか。それを最終的に決められるのは中南海だけだ」
 中南海に出入りする外交当局者の説明ははっきりしている。中国では常に党は政府よりも上にある。党指導部の決断が下って初めて「外務省などの政府の各部門に指示が出され、実行に移される」(同当局者)。
 政府系シンクタンクの研究者は言う。
 「ベールに包まれた中南海で中国の重要事項は決まる。その過程は私たちにもよく分からないのだから、外国人には全く理解できないでしょう」



◎対北関係、「小組」が変えた/非公開組織、党幹部ら列席
 6月22日昼、北京空港のVIPゲートに北朝鮮大使の公用車である黒いベンツが横付けされた。
 「また会うチャンスがあるでしょう」。車から降りた北朝鮮外務省の第1次官である金桂寛(キムゲグァン)は、報道陣に笑顔で語り、ターミナルのなかに入っていった。金は北京で、中朝間では初めてとなる外務次官同士の「戦略対話」に臨んでいた。
 両国関係は、1950年に起きた朝鮮戦争で中国が義勇兵を北朝鮮に派遣して以来、「血で固められた同盟」と言われて久しい。両国関係は中国共産党と朝鮮労働党、軍同士の絆に依存してきた。しかし、戦略対話の創設で、政府間交渉で物事を決めてゆく場面も増えていくとみられている。
 中国政府系シンクタンク関係者は「中朝がこれまでの特殊な関係ではなく、諸外国と同等、ふつうの扱いになったことを意味する」と説明する。
 この方針転換を決めたのは、「党中央外事工作指導小組(しょうそ)」だった。
 小組の顔ぶれは、公にされていない。外務、商務、公安など関係省庁のトップのほか、軍から国防相や副総参謀長も参加する。
 トップである組長は、習近平(シーチンピン)総書記(国家主席)。副組長には李源潮(リーユワンチャオ)政治局員(国家副主席)、主任は前外相の楊潔チ(ヤンチエチー)国務委員(副首相級)。王毅(ワンイー)外相は組員のひとりにすぎない。


 この小組の会合は、天安門広場に近い北京市中心部の「中南海」や人民大会堂で開かれている。
 2011年初め、北朝鮮に詳しい中国の政府系シンクタンク研究者や大学教授ら約10人が、中南海に数回にわたって集められた。専門家の意見を、小組に提供するための会議だった。
 「北朝鮮をかばいすぎることで、米国や韓国との関係を犠牲にしてはならない」「北朝鮮を中国の安全保障にとっての緩衝地帯とみなすのは、冷戦時代の古い考え方だ」――。会議の内容を知りうる党関係者によると、出席者からは当時の対北朝鮮政策を批判する意見が相次いだという。
 その後、小組は北朝鮮の核開発を止めるため米国や韓国などとの連携を重視し、国連による制裁を順守することなどを決めた。
 北朝鮮のミサイル発射や核実験の後、中国は石油や銀行、通関などに絡めて北朝鮮への姿勢を硬化。銀行関係者らによると、4大国有商業銀行の送金業務停止に加え、北朝鮮人の中国にある銀行口座のチェックを強化し、架空口座などの摘発に力を入れている。
 一連の措置について、北朝鮮政府当局者は「これまではグレーゾーンがあって、大目に見てもらえていた。規則が徹底されるようになった」と語る。北朝鮮がじわじわと締め上げられているのは確かだ。
 中国政府系シンクタンクの関係者は「すべては小組が決めた。朝鮮半島政策は今後、さらに変化していくだろう」と語った。

◎厳重警備、居並ぶ楼閣
 北京市の中心を東西に貫く長安街沿いに中南海はある。塀は小豆色に近い赤で染められ、二重の屋根を頂いた新華門からのぞく壁には、「為人民服務(人民のために奉仕する)」との標語が刻まれている。


 6月18日朝9時過ぎ。記者はこの門の近くで、初老の女性が警官に連行されるのを目撃した。女性が歩道で立ち止まり、手にした布袋を開けようとした時のことだった。
 女性が何か危険物を取り出そうとしたのか、汗を拭くタオルを取り出そうとしたのか、連行の理由は分からない。はっきりしているのは、警備の厳重さだ。塀の高さは大人の背丈の2倍ほどで、あちこちに監視カメラがのぞく。
 中南海の歴史は12世紀の金朝にさかのぼるとも言われる。元、明の時代を経て清朝が今の原型を整えた。
 中国政府の公開資料などによると、広さは約100ヘクタール。人工湖のわきに約150棟の華麗な宮殿が建てられた。皇帝が作り出した別天地は、東隣の紫禁城(現在の故宮博物院)と対をなしている。
 人工湖は2本の橋によって北海、中海、南海に分けられ、現在、公園として開放されている北海を除く部分を「中南海」と呼ぶ。


 このなかに執務室が与えられている指導者は、党のトップ25である政治局常務委員と政治局員ら、少数の最高幹部に限られる。敷地内には、豊かな緑の中に、中国の伝統的な楼閣と近代的な事務棟が混在。塀の外の雑音から隔絶され、静けさに覆われている。
 党の最高指導部である7人の政治局常務委員の執務を支える中央弁公庁の元職員によれば、7人は「勤政殿」と呼ばれる平屋建ての建物で仕事をしている。迷路のような廊下でつながれた委員たちの執務室には、ベッドやシャワー室が完備され、秘書や警備担当者が控える部屋が連なっている。地下室もあるという・・・

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