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朝日新聞社

プロメテウスの罠〔31〕 釣ったら放せ「セシウムの移行を追え」

初出:2013年6月14日〜7月3日
WEB新書発売:2013年8月2日
朝日新聞

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 福島原発事故で拡散した放射性物質は、栃木県と群馬県の釣りの人気スポットにも襲いかかった。釣り客や観光客の減少は避けられない。「マス釣りの聖地」中禅寺湖と、「ワカサギの氷上釣り」で知られる赤城大沼の漁協や旅館は、どんな対策を講じたのか。また湖と河川、魚種による放射能濃度の違いは何が原因なのか。東電に賠償を迫り、美しい自然を取り戻すために奔走する地元住民の姿を追い、汚染のメカニズム、セシウムの移行を研究調査する水産試験場や大学研究者の奮闘を紹介する。

◇第1章 持ち帰り厳禁です
◇第2章 人を雇うしかない
◇第3章 急に100ベクレルだなんて
◇第4章 イチゴ狩りとは違う
◇第5章 禁漁だけはだめだ
◇第6章 落差97メートルあるのに
◇第7章 監視員、どぎまぎ
◇第8章 楽しみを奪われた
◇第9章 テレビで見ました
◇第10章 聖地の魚の謎を追え
◇第11章 違いは水の出入り
◇第12章 様々な角度から迫る
◇第13章 何とか下がってくれ
◇第14章 釣るだけでも楽しい
◇第15章 回収し焼却、空しい
◇第16章 時間がないのに
◇第17章 日本一のアユの川
◇第18章 基準値超えたウグイ
◇第19章 同じ川でもバラバラ
◇第20章 子どもらに伝えたい


第1章 持ち帰り厳禁です

 原発事故から1年余りたった2012年5月1日、釣り解禁日の栃木県・中禅寺湖はものものしかった。湖畔に制服姿のガードマンがずらり並んでいるのだ。
 「9時になりました。どうぞ」
 スピーカーの合図で釣りが始まる。釣り人たちが竿(さお)を出す後ろを、ガードマンが歩き回って監視する。
 「キャッチ・アンド・リリースを守ってください」
 「魚の持ち帰りは厳禁です」
 「クーラーボックスは持ち込まないで下さい」
 キャッチ・アンド・リリースとは釣ってすぐに放すこと。絶対に持ち帰らせない、食べさせない――。いつもより1カ月遅れの解禁日は、異例ずくめだった。
 エサ釣りは禁止。エサを深くのみ込んだ魚は釣り針を外しにくいからだ。魚を傷つけるため、返しのある釣り針も禁止。
 監視員は釣り人たちの一挙一動、持ち物にまで目を光らせた。
 中禅寺湖にはヒメマスやホンマス、ニジマスなど5種のマス類が放流されている。それを目当てに年2万人近い釣り人が訪れる。
 だがこの年、解禁前検査でヒメマスなどのセシウム濃度(セシウム134と137の合計値)が1キロあたり200ベクレル前後と、国の基準値の100ベクレルを超えてしまった。
 禁漁になったら食べていけなくなる。湖畔で貸船屋、旅館、飲食店や土産店を営む人々のショックは大きかった。中禅寺湖漁協はそうした人たちで構成される。これまでこんな事態は一度もなかった。
 その1年前、つまり原発事故が起きた11年は、中禅寺湖では以前と同様に釣りをして、魚を持ち帰ることができ、食べることもできた。暫定規制値が500ベクレルだったためだ。検査した魚はすべてそれ以下だった。12年4月から基準が厳しくなったため、3種のマスがひっかかった。
 禁漁だけは避けたい――。考えついた苦肉の策が「キャッチ・アンド・リリース」だった。
 「1匹でも魚の持ち出しが発覚したら、釣りは即刻中止にする」。そう宣言して漁協は挑んだ。
 専務理事の鹿間久雄(しかまひさお)(62)はいう。
 「私たちの放射能騒ぎは、1年遅れで始まったんです・・・

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