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スポーツ
朝日新聞社

トップアスリートの赤い闇 血液ドーピングなしには勝てない

初出:2012年10月20日、2013年7月20日、7月24日〜26日
WEB新書発売:2013年8月9日
朝日新聞

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 「輸血を受けると、口を開ける必要がないほど呼吸が楽になる」。世界最高峰のロードレース、ツール・ド・フランス覇者の言葉だ。自分の血液を抜いて保存し、血液量が回復した後に、試合前に輸血で戻して持久力を増強する。自分の血であるため、ドーピングが発覚しにくい。秒読みともされる遺伝子ドーピングを含め、最高峰を目指すがゆえにトップアスリートがはまってしまうドーピングの最先端事情を紹介する。

◇第1章 輸血後に異変 黒い尿/元自転車選手「最悪だった」
◇第2章 「証拠捨てよ」 驚きの判決
◇第3章 隠しても必ず見つける
◇第4章 ドーピング 根深い依存
◇第5章 秒読み?遺伝子ドーピング


第1章 輸血後に異変黒い尿/元自転車選手「最悪だった」

 2013年2月19日、米ワシントンにあるスペイン大使館の一室に、一人の元自転車選手が座っていた。タイラー・ハミルトン氏。米国代表として2004年アテネ五輪で金メダルを獲得した。
 大使館に来たのは、マドリードで進んでいたドーピング事件の裁判で証言するためだった。テレビ会議のように、映像と音声がマドリードの法廷に中継される中、自らが受けたドーピングの詳細を語り始めた。
 「私は02〜04年、スペインのエウフェミアノ・フエンテス医師の患者だった」
 その医師は「オペラシオン・プエルト(峠作戦)」と呼ばれる事件の中心人物。06年に50人を超える自転車選手にドーピング疑惑が浮上した。ハミルトン氏もその一人だ。
 「15回ほど血液ドーピングをした。造血ホルモンのエリスロポエチン(EPO)、テストステロン、成長ホルモンも買った」
 血液ドーピングは、いったん血液を抜いて保存し、血液量が回復した後、試合前に輸血で戻して持久力を増強する操作。EPOを注射して赤血球増加を促すのも広い意味では同じだ。
 「私にフエンテスを紹介したのは、デンマークのビャルネ・リースだ」
 リース氏は世界最高峰のロードレース、ツール・ド・フランスの1996年覇者。後に自らも医師からドーピングの処置を受けていたとしてタイトルを剥奪(はくだつ)された。
 「輸血を受けると、口を開ける必要がないほど呼吸が楽になる」
 「でも04年のツールは最悪だった。血液がきちんと保存されてなかったのだと思う。輸血後しばらくすると体に変調を感じ、トイレに行くと尿が黒かった」
 8月のアテネ五輪個人ロードタイムトライアルで金メダル。だが約1カ月後の9月に血液ドーピングが発覚した。ツールと並ぶレース、スペインのブエルタ・ア・エスパーニャの時だ。
 「検査で体内に他人の血液があると言われた。他の選手の血液バッグと間違えたのかもしれない」
 自分の血液を戻す自己血輸血はいまだに検査法がないが、他人の血液を入れればすぐ分かる。ハミルトン氏は違反で資格停止になり、医師との関係は終わった。それまで支払った謝礼は3年間で10万ユーロ(約1300万円)以上となった。
 ドーピングと言えば、以前は筋肉増強剤が大きな問題だった。今はそれ以上に、血液ドーピングへの対応が重要になっている。
 体内で赤血球を作ることを促すEPOは、90年ごろから市場に出回り、陸上長距離や自転車界で一気に広がった。検査法が追いついて見つかり始めると、自己血輸血に方向転換する選手が続出する。
 血液ドーピングの事件が目立つのはイタリアとスペイン。スペインでは数多くの捜査が進められ、政府も反ドーピングへの対応を急いでいる。ツールのおひざ元フランスでも、最新の情報を元に、次々に新しい世代が登場するEPOの検査法開発が進む・・・

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