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朝日新聞社

プロメテウスの罠〔33〕 原発城下町「大熊に殺戮の光線そそぎて…」

初出:2013年7月19日〜8月7日
WEB新書発売:2013年8月30日
朝日新聞

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 2011年3月11日、福島第一原発のある大熊町に巨大地震が襲いかかった。大津波がくる前、町に出た作業員は「配管がムチャクチャだ」と叫んだ。頭上を飛ぶ数百羽の黒いカラスに、「この世の終わり」と感じた住民もいた。その後、爆発が続き、放射線が拡散。逃げ出した作業員は避難所から連れ戻された。病院で、避難先で、老人が何人も亡くなった。「東電さん」の恩恵を40年受け、「ふくいち感謝デー」にも毎年参加した町民の一変した人生の数々を、当事者の証言とともに明らかにする。

◇第1章 先生、逃げろ!
◇第2章 「まるで作業員狩り」
◇第3章 吐く息まで疲れてる
◇第4章 死ぬかもしれねえな
◇第5章 新しい一生の仕事
◇第6章 父は広島にいた
◇第7章 「東電さん」の恩恵
◇第8章 99歳、移送の末に
◇第9章 想定内のはずだ
◇第10章 入学支度金5万円
◇第11章 原発なしで困るのは
◇第12章 奪われた自然観察会
◇第13章 もう戻れない
◇第14章 汚れちまった悲しみ
◇第15章 鋭い歌風の好々爺
◇第16章 怒るより現実的要求
◇第17章 「賛成」は面会の場で
◇第18章 「なぜ賛成」抗議殺到
◇第19章 よーく考えてみろ
◇第20章 「反対。町民だから」


第1章 先生、逃げろ!

 2011年3月11日、福島第一原発の1〜4号機がある福島県大熊町の昼下がり。塾教師の木幡(こわた)ますみ(57)は町内の喫茶店で椎名篤子(しいなあつこ)(58)ら友だち4人とコーヒーを飲んでいた。
 のちに考えると、あと数分で大震災が起きるというころだった。ますみは何か胸騒ぎを感じ、こんなことを口にした。
 「原発に何かあったら、もうこの町には住めないよね」
 「そうだよね」と返事が返って少ししたとき、揺れが始まった。午後2時46分だった。
 喫茶店の窓ガラスはうねるように波打ち、ガシャガシャと割れた。天井が崩れ、客の周りに落ちた。
 揺れがおさまった後、ますみは急いで自宅に戻った。タンスが倒れていた程度で、家屋にそれほど大きな被害はなかった。
 役場に向かった。夫の仁(じん)(62)が町議会議員を務めていて、ちょうど議会の委員会に出ていた。
 「お父さん、町内が大丈夫か見に行こう」。2人で町に出た。
 午後3時半ごろだった。
 役場近くのコンビニに行くと、異様な光景に出くわした。
 第一原発の方向からざわざわと、作業員の制服を着た人たちが早足で歩いてくる。制服の色は企業ごとにまちまちだったが、頭髪のせいか全体的に黒っぽくみえた。
 「アリの大群のようだ」。ますみはそう思った。
 その大群が、続々とコンビニに入っていく。停電してレジが使えず、店員が電卓で計算していた。それを尻目に、商品をてんでに持ち去っていく。
 「あれえお父さん、みんな勝手に持っていっちゃうよ!」
 ますみは仁に叫んだ。
 作業員の中に、ますみの塾の教え子が何人かいた。
 「どうしたの、何があったの?」
 一人が叫んだ。
 「先生、逃げろ! ここはもう駄目だ。配管がムチャクチャだ」
 まだ津波が来る前だ。それでも彼らは原発から逃げはじめていた。
 当時、第一原発で働く大熊町民は、人口の1割、約1100人いた。


第2章 「まるで作業員狩り」

 2011年3月11日、大熊町。大震災の直後だった。
 空を真っ黒に埋める数百羽のカラスが、低い空を鳴きながら福島第一原発の方へ飛んでいった。
 目撃した1人、土木建築業を営む小林昌弘(こばやしまさひろ)(48)はいう。
 「見たことねえ数だったなあ。うちの上を飛んでった。ヒチコックの映画にそんなのがあったけど、この世の終わりみたいな感じだった」
 原発ができて40年、大きな事故は起きなかった。町民の多くは、地震でも原発は大丈夫だと思っていた。生活も原発で成り立っていた。
 コンビニ前で、避難する作業員の大群に遭遇した塾教師の木幡ますみもいやな予感がした。
 「原発の中で働いている人があんなに慌ててるんだから、大変なことになるかもしれない」
 その後、原発は相次いで爆発を起こす。
 3月14日、ますみは家族と共に、30キロ離れた田村市の総合体育館に避難した。2千人くらいがひしめいていた。ほとんどが大熊町民だった。原発作業員も多かった。


 体育館での避難生活にいらだつ人が多かった。赤ちゃんの泣き声に、誰かが「黙らせろ!」と怒鳴る。
 近くにいた年配の女性が、戦争中とおんなじだ、とつぶやいた。
 「あん時も防空壕(ぼうくうごう)で怒鳴る人がいた。泣く赤子の口を塞いだんだあ」
 体育館に避難して間もなく、作業服を着た中年男の3人連れがやってきた。作業服の色は濃いベージュ。そのうちの1人が、体育館の1階にいたますみに尋ねた。
 「○○という男はいますか」
 知らない名前だった。「体育館の入り口に掲示板があります。そこに貼ったらどうですか」と答えた。
 男たちはますみを無視し、体育館の2階にずんずん上っていった。不審に思ったますみは、後をついていった・・・

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