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朝日新聞社

プロメテウスの罠〔34〕 イノシシ膨張「人間が自然の破壊者なんだ」

初出:2013年8月9日〜8月25日
WEB新書発売:2013年9月6日
朝日新聞

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 福島県ではイノシシが増え、人里にも出没して農作物を荒らしまわる。その一因は原発事故にあった。地中の食物を掘って食べるイノシシの肉から高い放射線が検出され、国は出荷制限を決定。猟師は猟を諦め、激減。農家は「なんとかなんねべか」。罠猟の名人が呼ばれた。一方、帰還困難区域の草原化、放置されたブタと交雑したイノブタの繁殖も懸念される……。福島の生態系を破壊した原発事故の現状と、イノシシに線量計を付けて汚染マップをつくるなど様々な取り組みに着手する人々の姿を追う。

◇第1章 でけえな、こいつぁ
◇第2章 数センチ単位の知恵比べ
◇第3章 顔が違う。憎めない
◇第4章 おたずね者の懸賞金
◇第5章 じわじわ上がる線量
◇第6章 あれはイノブタだ
◇第7章 大繁殖は幻か
◇第8章 草原化する故郷
◇第9章 何も残ってねえよ
◇第10章 しっぽ振り、目前に
◇第11章 電気柵ぐるり300キロ
◇第12章 山を離れたマタギ
◇第13章 線量計を付けるには
◇第14章 即座に「やろう」
◇第15章 人間が加害者なんだ
◇第16章 人と獣の力関係


第1章 でけえな、こいつぁ

 2013年7月中旬、福島市の日向山で、本田義博(ほんだよしひろ)(70)のイノシシ狩りに同行した。
 本田は罠(わな)の名人だ。昨季は68頭のイノシシを捕獲した。おそらく福島県内で並ぶものはない。
 うっそうと茂った森の中、けもの道をたどっていく。と、何かが激しくぶつかる音がしてきた。
 バン、バン。茂みの向こうだ。「かかってるす」と本田。
 茂みの先の小さな空き地に約2メートル四方の檻(おり)があった。中でイノシシが暴れている。バンバンという音は、檻に体当たりする音だった。
 体長1メートル以上はあろうか。4〜5歳のオスだ。
 「でけえな、こいつぁ」
 格子ごしに獣の顔を見ながら、本田は満足そうにうなずいた。


 福島市では東部山地一帯にイノシシが生息している。それが最近、山間だけでなく市街地にまで出没するようになった。水稲やタケノコ、イモを食い荒らす。ミミズを探して土を掘り起こし、あぜ道を壊す。
 市は狩猟者に捕獲の協力を求めており、本田はその1人だ。
 12年度、市では144頭と前年の倍以上が捕獲された。にもかかわらず農作物の食害は増えている。
 一因が、原発事故だ。
 基準を超える放射性物質が検出されたため、イノシシは11年から県内各地で出荷制限の対象となった。捕っても食べられない、売り物にもならない。狩猟者は減り、もともと繁殖力の強いイノシシの増加に拍車がかかった。阿武隈山系にいったい何頭いるのか、推測さえできない事態になっている。
 本田からの連絡を受け、間もなく県農業総合センターの木幡栄子(こはたえいこ)(37)が装備一式を積んだ車で現場に到着した。
 木幡はイノシシの生息状況を調べている研究員だ。麻酔銃が撃たれ、眠ったイノシシを檻から引き出し、耳に発信器を取り付けた。
 ふつうは捕獲したら猟銃で眉間(みけん)や耳の横を撃って殺す。しかし元気のいいイノシシの場合、行動を追跡するために逃がす。
 麻酔からさめ、ふらつく足取りで山へ去るイノシシの後ろ姿を見送ると、本田はいった。
 「さあ、次行くべ・・・

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