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朝日新聞社

刑事の結界外伝〔2〕 再びのパトカー、圧倒的存在への誓い

初出:朝日新聞2013年8月23日〜9月11日
WEB新書発売:2013年10月18日
朝日新聞

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 連続窃盗犯もタクシー強盗犯も、捕まえるためにどんなに活躍したとしても、その動機が何であったかなんて知るよしもない。それがパトカー乗りというものだ。伝説と呼ばれた神奈川県警のパトカー乗りには、後の「開眼」へとつながる敗北を思い知らされた存在があった。1978年、茅ケ崎署。背後に現れた大柄の男が口を開いた――。迫真の事件現場や捜査の舞台裏を克明に描いた「刑事の結界」。パトカー乗りの警察人生を描く「外伝」シリーズ完結編。

第1章 福井、開眼す
第2章 福井、制す
第3章 さらば、福井


第1章 福井、開眼す

 1977年4月、28歳になった巡査の福井幸二は、藤沢署から茅ケ崎署に異動した。任されたのは、また交番勤務だった。5年間乗り続けたパトカーを降りることになった。手足が軽くなった感じがした。だが、物足りなさもまた募った。
 道案内に落とし物の受け付け、街のいざこざの後始末、それに家庭や会社を訪問する巡回連絡――。そんな日々だった。そのころ、福井はある人物の名前を耳にした。
 巡査長、田中末生(すえお)。
 茅ケ崎署の外勤課勤務。年は一つばかり上だが、パトカー乗りとしての実績は華々しかった。警察組織では、事件の解決につながるような優れた成果に対し、県警トップ名で表彰する本部長賞が与えられる。田中は本部長賞クラスの仕事をこなしていた。
 外勤の警察官は、刑事ほど活躍の場が多いわけではない。むしろ地味だ。本部長による表彰は、そんな外勤の警察官にとって、仕事ぶりを評価してもらったことを示すものだ。
 田中はなによりも記憶力が抜群だった。過去に事件を起こした不審者は、パトカーを乗りこなしながらも気づいてしまう。何か手柄が挙がれば、「また田中か……」と、周囲から感嘆の声が漏れるほど、一目置かれていた。
 顔を見てみたい――。またパトカーに乗るんだ、と高揚していた。
 1年後、福井は交番から署に移った。1階にいた福井は背後に人影を感じた。田中だ。
 田中は180センチほどの身長で福井よりもひとまわり大きい。それに柔道2段の腕前で、がっちりしたその体格が、まるで覆いかぶさってくるかのような圧力が伝わってきた。
 恐縮して頭を下げる福井に、初対面の田中が口を開いた。


 「今度、パトカー勤務で異動するのがいるから、空いたらコンビを組もうか」
 突然の指名だ。交番から署の外勤課に移ってきた福井幸二は、不意を突かれた感がぬぐえなかった。田中末生(すえお)もまた、外勤の警察官らしく、穏やかな口調だった。
 「俺と一緒に乗らないか」
 福井はうれしかった。雲の上のような存在の田中に、なぜ誘われたのか、考えることもしなかった。
 「空いたらお願いします」
 福井は一礼した。
 ほどなく、パトカー乗りに復帰した。
 かつては、時の総理大臣をはじめ、要人が管内のゴルフ場をよく訪れていた。警護も兼ねて、パトカーが1台増え、4台でパトロールしていた。だが、総理が退陣してしばらくすると、3台に戻された。1日のパトカー乗りは6人だった。福井はその一員となった。
 1カ月が過ぎた。ついに田中とのコンビがまわってきた。
 「持って生まれた能力はどうしようもない。盗めるものを盗んでやれ」。福井はそう決意した。
 パトロール中の目の付けどころ、職務質問や、その相手の落とし方――。
 たとえば、キョロキョロして歩く少年を見かけたとする。田中がパトカーを降りて声をかける。
 「ポケットの中を見せてもらえるかな・・・

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刑事の結界外伝〔2〕 再びのパトカー、圧倒的存在への誓い
216円(税込)

連続窃盗犯もタクシー強盗犯も、捕まえるためにどんなに活躍したとしても、その動機が何であったかなんて知るよしもない。それがパトカー乗りというものだ。伝説と呼ばれた神奈川県警のパトカー乗りには、後の「開眼」へとつながる敗北を思い知らされた存在があった。1978年、茅ケ崎署。背後に現れた大柄の男が口を開いた――。迫真の事件現場や捜査の舞台裏を克明に描いた「刑事の結界」。パトカー乗りの警察人生を描く「外伝」シリーズ完結編。[掲載]朝日新聞(2013年8月23日〜9月11日、10900字)

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