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文化・芸能
朝日新聞社

日活100年を支えた名優たち 青春映画編〔4〕和泉雅子、高橋英樹

初出:2013年10月6日〜11月17日
WEB新書発売:2014年1月31日
朝日新聞

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 創立100年を超えた日活は、経済成長期の1950〜60年代にヒット作を連発、石原裕次郎をはじめたくさんのスターを輩出した。ご本人のインタビューを元に、「映画が一番元気だった時代」を浮かび上がらせるシリーズ第四弾。今回は、和泉雅子、高橋英樹の二人をとりあげます。

◇第1章 和泉雅子
 ・撮影所、宝箱だった/養った力で北極点踏破
 ・「あの目」名優も評価/「非行少女」
 ・スター4人、姉妹役/若草物語
 ・チャレンジ精神発揮/エデンの海

◇第2章 高橋英樹
 ・撮影所は私の母校/演技だけでなく社会学んだ
 ・さわやかさ、全面に/雨の中に消えて
 ・時代劇の原点「任侠」/男の紋章


第1章 和泉雅子
撮影所、宝箱だった/養った力で北極点踏破

 銀座に生まれ育った、ちゃきちゃきの江戸っ子。今も銀座に住む。中央区立泰明小5年の時、児童劇団に入った。「勉強がきらいだったので。劇団に入れば学校をさぼれると考えたのです」
 美形を買われてモデル専門だったが、落語家で喜劇俳優の柳家金語楼さんが主宰する「金星プロ」に移った。明るく朗らかな性格を生かして喜劇役者を目指すことにした。「でも、顔が邪魔して、喜劇は合わないと言われてしまいました」
 金語楼さんの付き人として行ったNHKで、日活プロデューサーの水の江滝子さんの目にとまる。「お兄さま(金語楼のこと)、この娘、うちに貸して?」ということになり、中学2年生で日活に入社することになった。
 吉永小百合さん、松原智恵子さんとともに「日活三人娘」として絶大な人気を誇った。
 「日活は楽しかったですよ。だれも威張る人がいなかった。裕ちゃん(石原裕次郎)を中心に全員で食堂や芝生に集まってワイワイやっていました。うれしいことがあればみんなで喜んで、困ったことがあればみんなで助けて。青春の宝箱のような撮影所でしたね」
 日活退社後はテレビドラマなどで活躍した。テレビ番組で南極に行ったのをきっかけに、北極点を目指すことに。「地球儀を見ていて、『地球のてっぺんって、どんな景色かしらん』と思うようになったのがきっかけです」
 1985年、北極点まで残り148キロの地点で氷の割れ目に阻まれて断念。4年後に再び挑み、日本人女性初の北極点踏破に成功した。
 「日活時代に養った、がんばる力と我慢する力、全員で力を合わせて映画を作りあげる喜びが遠征中、大いに生かされました。日活撮影所に感謝でしたね」
 最近は冒険家の側面ばかりが目立つが、役者への意欲も衰えていない。
 「北極遠征の後、講演会やトークショーなどに東奔西走だったせいか、いつの間にか世間的には『女優引退』なんてことになってしまって。不思議です。ぜひ、面白い役があれば、やります。和泉雅子、営業中です・・・

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