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経済・雇用
朝日新聞社

進撃のポッキー 世界をまたにかけたマーケティング新戦略

初出:2014年1月22日〜25日
WEB新書発売:2014年2月7日
朝日新聞

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 1966年に江崎グリコが発売したチョコレート菓子、ポッキー。現在、国内で年2億箱、海外約30カ国で年3億箱を販売し、累計販売数は100億箱を超える日本を代表するお菓子の一つだ。板チョコが主流だった時代に細長い棒状のプレッツェルをチョコで包み、持つ部分を残すという発想もさることながら、大阪・道頓堀の巨大看板に象徴される、斬新なマーケティング手法でも評価が高い。知恵で勝負し、意外なアイデアで売り込む――そんな手法がついに、海を超えた。タイ、ベトナム、インドネシアなどで展開される斬新なマーケティング作戦の実相を追う。

◇第1章 世界の定番菓子へ走る/スピード勝負 進出担う転職組
◇第2章 味への信頼「高級版」で新市場
◇第3章 「11・11 11:11」型破りPR発射
◇第4章 巨大市場へ「日本流営業」


第1章 世界の定番菓子へ走る/スピード勝負 進出担う転職組

 子どものころから親しんできたポッキーを、世界に売り出す。挑戦心を駆り立てられた。
 3年前。三洋電機海外営業本部副本部長の堀田暁(56)は、江崎グリコ社長、江崎勝久(72)から直々に口説かれていた。
 三洋はパナソニックに吸収合併され、事業再編が進む。仲間を置いていくのは忍びない。でも、残された会社員人生は限られている。
 迷う心を押したのは、地元・大阪の企業の看板商品ポッキーでもう一度、世界に挑みたいという気持ちだった。
 グリコ海外事業推進部長。今の堀田の肩書だ。世界で戦うには、業種は違っても豊富な海外経験が欠かせない、と江崎は判断。このポストは9年前から外部の人材を起用してきた。堀田はその3代目だ。
 ポッキーを、2020年までにスイス・ネスレの「キットカット」や米モンデリーズの「オレオ」といった、世界中で愛される菓子の仲間入りをさせ、国内外で10億ドル(約1千億円)を売り上げる――。グリコが12年に宣言した「ポッキー世界ブランド化計画」を達成するには、あと6年で現在の3倍の売れ行きを実現しなければならない。
 前職の三洋は1990年代、パソコンなどに使われるリチウムイオン電池で世界のトップを独走していた。しかし、00年代になるとサムスン電子をはじめ韓国勢から猛烈な安値攻勢をかけられてその座を明け渡し、経営不振につながった。
 「決断力。スピード。世界の恐ろしさを知った」。堀田は振り返る。
 菓子の業界でも、世界の大手が圧倒的な投資を武器に、市場を奪っていくやり口は変わらない。
 「おいしい上に手の込んだ作りのポッキーは商品力があり、どの市場でも必ず勝てる。カギは、ほかの商品が市場のスタンダードになる前に、棚の隅々まで並べられるか。時間との戦いなんだ」。堀田はひしひしと感じている。
 タイ、ベトナム、インドネシア……グリコでポッキーの世界進出を担う要所要所に、転職組の姿がある。
 堀田の前任で、今は海外事業担当常務を務める草間幹夫(65)もその1人だ。
 10年前、草間は大手新聞社の記者から夜も朝も関係なく自宅で取材攻勢を受ける「渦中の人」だった。
 巨額の有利子負債を抱えて経営再建中だったカネボウの常務として、花王への化粧品事業売却交渉を担っていた。
 草間は産業再生機構に支援を要請後、社長らとともに辞任。知人の紹介で中堅物流会社に転じた。そこに声をかけたのが、グリコ社長の江崎だった。カネボウで携わった企業合併・買収(M&A)交渉などの手腕が買われたのだった。
 入社5年後の12年9月、ベトナム・ホーチミン市。地元製菓最大手キンド社とともに、ベトナムでポッキーの販売を始めると発表する両社首脳を、横から見つめる草間の姿があった。
 ベトナム全土に張り巡らされるキンド社の販売網を生かし、16年度に約40億円の売り上げをめざす。小さいながらも、世界のポッキーに向けた着実な一歩を踏み出せた……はずなのに、草間の表情に浮かれた感じはなかった・・・

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