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文化・芸能
朝日新聞社

香具師〜いかがわしき芸能者 消えた見世物の影を追って

初出:2014年3月31日〜4月11日
WEB新書発売:2014年4月25日
朝日新聞

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 祭りや縁日、盛り場で、必ず目にする露店や興業。香具師(やし)は、そのいかがわしくも心ときめく輝きの中で、かつて絶対的な存在感を放っていた。そのうさんくさい芸、巧みに聞かせる口上、客との密なコミュニケーション……。どこか懐かしさを感じさせる香具師たちの姿を見かけることは、今ではすっかり少なくなってしまった。異能の芸能者たちは、一体どこで何をしているのか。その足跡をたどって、日本各地への旅に出た。

◇第1章 消えた異界への入り口
◇第2章 桜のころ、彫刻家は旅に出る
◇第3章 花形は、ないない尽くし
◇第4章 1日2トン、バナナ売る
◇第5章 タラリの油、抜刀して売る
◇第6章 耐えて忍んで、歌は語りだ
◇第7章 「予想」逆さまに読むと…
◇第8章 なぜ「やし」と呼ぶのか
◇第9章 オトモダチにも仁義切る
◇第10章 奄美の油はオットセイ


第1章 消えた異界への入り口

 サァ、サァ、お立ち会い。ご用とお急ぎでない方は聞いていただきたい。かれこれ四十数年前、私が小学生だったときの話である。関東は川崎大師(川崎市)が舞台。境内には、祭りや縁日ともなるとそこだけが「異界」のような見世物(みせもの)小屋が現れた。
 「人か獣か?」
 「胴体一つに頭が二つ」
 そんな言葉が書かれていたような気がする。看板には、大蛇と絡む半裸の女性や、ろくろ首の絵。裸電球が照らす舞台では、鼻から口へ生きたヘビを通す「ヘビ女」や、着物姿で腰掛けたまま動かない「タコ娘」があやしげなショーを演じていた。
 「ホラホラホラホラホラ。お坊ちゃん。お代は見てのお帰りだヨ〜」
 木戸口のおばちゃんに誘われたが、怖くて中に入れなかった。翌朝、小屋は手品のように消えていた。
 「香具師」と書いて「ヤシ」と読む。俗に「的屋(テキヤ)」。縁日や祭り、盛り場などで露店や興行を営む業者のことである。
 一大拠点の東京・浅草で話を聞くと、あのヘビ女たちは香具師の中でも階級が高かったという。「タカモノ(高物)」と呼ばれる仮設興行の世界に所属。多くの人を集めるので祭りの花形だった。「因果もの」とも呼ばれ、「マムシの執念、報いまして……、出来た子どもがこの子でござい。いらはい、いらはい」という口上もあった。
 馬鹿馬鹿しい、と言うなかれ。「大(おお)イタチ」という見世物は、大きな板に赤いペンキ(血)でイタチの絵を描いてあるだけ。客もだまされるのを最初から承知していた。
 だが最近、見世物を見ない。どこへ行ったのか。
 濃尾平野の中央、愛知県一宮市。「一宮七夕祭り」でにぎわう真清田(ますみだ)神社を訪ねたのは2013年7月である。境内の一角には見世物小屋ではなく、お化け屋敷が立っていた。
 「鐘は上野か浅草か。打ち出す鐘の音色に誘われながら出てくるお化けが面白い。サア、お化けだ、お化けだ」
 入り口で、「安田興行」の安田春子さん(82)がダミ声でまくしたてる。中に入ると人形が置いてあるだけで、ヘビ女やタコ娘はいなかった。
 「人権侵害だとたたかれ、ここ数年、見世物興行ができないのです」


 夫里美(さとみ)さんは「頭の毛の白い子」として生まれ、4歳で見世物小屋に売られた。金魚をのみ込んでは釣り出し、碁石をのみ込んでは白黒に分けて吐き出し、ガソリンは霧状に吐いて火を噴いたように見せた。「人間ポンプ」と呼ばれて人気を得たが、19年前、72歳で亡くなった。
 見世物小屋は、さまざまな事情で働き先がない人、身寄りがない人、体に障害のある人たちにとっての職場でもあった。「自分の体を使って商売するのに何の問題があるのですか」と安田さんは言う。
 俳優の小沢昭一さんがレコード「ドキュメント 日本の放浪芸」の取材で、列島各地の香具師を訪ねたのは1970年代。異能の芸能者たちはどうしているのか。その足跡を追い、私も旅に出た・・・

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