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文化・芸能
朝日新聞社

ミャンマーにかける文化の橋 古代遺跡の宝庫で研究を助ける奈良文化財研究所の歩み

初出:2014年4月6日〜4月8日
WEB新書発売:2014年4月25日
朝日新聞

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 長年、英国の支配下にあったミャンマーは、伝統的に考古学や歴史学がさかんだった。だが、1988年から23年間続いた軍事政権の時代は国際社会との交流が制限され、考古学でも後れをとった。しかし3年前の民政移管以降、政府は古代ビルマのイラワジ川流域に栄えたピュー国の遺跡について、同国初の世界遺産登録を目指し、準備を進めている。国威発揚のためにも、発掘調査が増えるとみられるが、その人材育成に、日本の研究機関が力を貸している。考古学分野を担当するのが、日本を代表する文化財の総合研究機関・奈良文化研究所だ。実は奈文研とミャンマーのつながりは20年にも及ぶ。その中で築かれた文化の架け橋が、いま存在感を持ち始めている。

◇第1章 考古学、初の「出前授業」/丁寧に記録、「日本流」伝授
◇第2章 遺構で3次元測量、披露/交流再開、次世代へ広がり
◇第3章 仏教の聖地で壁画修復/「知日派」が支え、深まる絆


第1章 考古学、初の「出前授業」/丁寧に記録、「日本流」伝授

 「正確に土器を測り、図面に写し取ることで土器をつくった古代人の手の動きが分かる。当時の社会や歴史も分かってきます」
 ミャンマー有数の古代都市遺跡が残るタイェーキッタヤーの考古学研修所。
 乾期で爽やかな気候の2014年1月末、木造のコテージ式の教室で、奈良文化財研究所(奈文研)の小田裕樹研究員(33)は、ミャンマー各地で発掘調査にたずさわる若者らに囲まれていた。約40人の「学生」を前に、出土した土器のつぼの寸法を三角定規やコンパスで測り、表面の文様などを方眼紙に写し取っていく作業を披露した。小田さんが正確な図面をつくる意義を語ると、若者たちは真剣な表情でうなずいていた。
 日本を代表する文化財の総合研究機関、奈文研が1月21〜23日、古代ピュー時代にシュリクセトラ(4〜9世紀)とも呼ばれたタイェーキッタヤーで、考古学の「出前授業」を初めて実施した。日本では飛鳥〜奈良時代にあたる7〜8世紀、仏教やヒンドゥー教文化が花開き、東西交易で繁栄する「国際都市」だった。その痕跡は王宮跡や寺院跡、城壁跡などの遺構から思いをはせることができるが、大半は原っぱや畑の下に眠っているとされる。
 小田さんは3日間、出土品の実測や保存処理などの基本を教えた。機織り機の付属品をまねた独特な「マーコ」と呼ばれる型取り機で土器の形を写し取るなど、時間をかけて、丁寧に出土品の記録をつくる「日本流」の考古学を知ってもらうように心がけた。
 教わる側も前のめりな姿勢だった。大学で考古学を専攻し、研修所で実務を学ぶチョーテッカイさん(27)は「日本考古学のレベルの高い技術や知識をたくさん学び、将来は学者になりたい」。文化省考古局のベテラン職員で、研修所講師のトゥートゥーナインさん(48)も「日本で体系的に遺物の図面をつくっていることに驚いた。帰国後も先生に通信添削して欲しい」と言うほどだった。
 長年、英国の支配下にあったミャンマーは、伝統的に考古学や歴史学が盛んだった。だが、1988年から23年間続いた軍事政権の時代は国際社会との交流が制限され、考古学でも後れをとった。3年前の民政移管を経て政府は、シュリクセトラなど3遺跡群からなる「古代ピュー時代の都市遺跡群」(1〜9世紀)について同国初のユネスコの世界遺産登録を目指し、準備を進めている。
 全国的に急ピッチに経済発展が進み、国威発揚のためにも発掘調査が増えるとみられ、人材育成は急務だ。文化財保護の国際協力に実績がある日本は、2012年からミャンマー側とプロジェクトを模索。建造物や壁画の保存・修復は東京文化財研究所、考古学分野を奈文研が分担することが決まった。奈文研は14年1月、小田さんら5人の研究員らを現地に派遣し、技術移転と人材育成の本格的な支援に乗り出した。
 小田さんは韓国や中国での共同研究の経験はあるが、東南アジアは初めて。飛鳥から藤原京、平城京へとつながる古代都城の研究を続けており、同じ時期に栄えたシュリクセトラに強くひかれた。だが、何よりも貴重な経験だったのは自分の考古学のノウハウを伝えることで人に喜んでもらえる、役に立っていると実感できたことだった。
 「中国という大国の周りに位置し、影響を受けてきた日本とミャンマーを比較研究するのは意義がある。将来、今回出会った皆さんと共同で研究ができ、その歴史のスタートの解明に関われたら、これほどうれしいことはありません・・・

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