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朝日新聞社

希望の一本松 自動車メーカー14社がよみがえらせた被災地の思い

初出:2014年4月9日〜4月12日
WEB新書発売:2014年4月25日
朝日新聞

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 鉄製の幹が、鈍い光を放つ。津波に剥がされた皮の痕が生々しい。2014年3月27日、岩手県陸前高田市。自動車に使われる鋼板でできた1本の松が、市に寄贈された。東日本大震災で激甚な被害を経験した被災地の復興のシンボルとなった「奇跡の一本松」を総力を挙げて再現せよ――日本自動車工業会会長の豊田章男(トヨタ社長)の号令のもと、14の自動車メーカーの若手技術者が力を合わせた成果だ。「復興をめざし頑張ろうという気持ちを表してくれる、そんな一本松をつくってほしい」という地元の声に、日本の匠のこころはどう応えたのか? 度重なる困難、大幅なやり直し、それらを乗り越えた知恵と工夫。「希望」を形にした技術者たちの、苦闘と感動のドラマ。

◇第1章 奇跡の一本松、鉄で再現
◇第2章 中途半端なものは作れない
◇第3章 1500枚の樹皮、貼り直そう
◇第4章 ベテラン踏ん張り納期守る


第1章 奇跡の一本松、鉄で再現

◎復興願い、14社の技術者結集
 鉄製の幹が、渋い光を放つ。津波で皮がえぐりとられた痕が生々しい。
 2014年3月27日、岩手県陸前高田市。自動車に使われる鋼板でできた1本の「松」が、市に寄贈された。
 この松は、東日本大震災で死者・行方不明者が2千人近くにのぼった陸前高田市で、約7万本の松原の中で唯一残った「奇跡の一本松」を模した。
 日本自動車工業会に加盟するメーカー14社の技術者が共同でつくりあげたものだ。
 本物の10分の1の高さ2・6メートルの一本松には、いたるところに日本のものづくりの技が生きる。
 樹皮の微妙な風合いを出そうと、1〜3センチほどの鉄の小片を約4千枚貼りつけ、枝にはハンマーで小さな打痕を10万個以上打ちつけた。
 針状の松葉を再現するため、長さ約2センチの細い鉄板が束ねられた松葉1千本を溶接した。
 この気の遠くなる作業をこなしたのは、若手技術者の登竜門として知られる技能五輪の優勝者ら。各社を代表する技術者たちが集まってつくったが、一筋縄でできたわけではない。
 「14社で力を合わせ、『希望の一本松』をつくろう」。このプロジェクトは13年7月、4カ月後に控えた東京モーターショーのイベントとして自工会の内部で持ち上がった。
 鉄板を曲げたり、たたいたりして加工する板金技術で一本松を再現し、日本のものづくりの技を世界にアピールするねらいだった。
 しかし、トヨタ自動車試作部の九沢勝彦(57)、小林信行(41)の2人は、その話を聞き耳を疑った。
 「できれば、やりたくない」とさえ思った。試作車の車体づくりを手がける、ものづくりのベテランの2人には、ハードルが高い仕事に映った。
 板金技術を使い鉄板で熊や鳥などの動物をつくるのはさほど難しくはない。だが、松葉は針状の葉っぱ。鉄板でどう再現するのか。
 おまけに復興のシンボルをつくるのだ。ただ、形をまねるだけではダメだ。自工会会長で、トヨタ社長の豊田章男の注文はただ一つ、「『生きた松』をつくってほしい」。ライバル同士の寄せ集めで「協力できるのか」。2人は不安だった。
 だが、自工会会長は自分の会社のトップ。まとめ役に指名された九沢と小林は、いやおうなくこの難題に取り組むことになった。
 ホームセンターをうろつき、「コップブラシ」を手にとった。松葉に近いと思ったからだ。らせん状の2本の鉄心に毛が挟んである。〈ヒントになるな〉
 豊田市内にある愛知県緑化センターにも足を運んだ。黒松と赤松を注意深く眺めると、黒松の樹皮は縦の深い割れ筋に沿って並んでいる。赤松の樹皮は、黒松に比べ、ゴツゴツ感はない。〈一本松は黒松か赤松か。確認しなければ〉
 現地に行って、現物を確認しなければ何も分からない。トヨタ創業者、豊田喜一郎以来の伝統「現地現物」で考えよう。2人のベテランの思いだった。
 14年9月6日、一本松の組み立てを担当するトヨタ、日産自動車、マツダの試作担当者が初めて3社の中間地点の名古屋で会った。
 トヨタに比べて、日産やマツダの動きは遅れていた。忠実に再現しようというトヨタの提案に対し、〈そんなにこだわる必要はあるのか〉。そんな迷いがあるようだった。
 〈現地に行こう〉。トヨタから「一本松を見ませんか」と誘った。現地入りは1週間後と決まった。
 そこで見た光景が、すべての始まりだった・・・

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