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社会・メディア
朝日新聞社

ヘイト社会 対話を拒む人々にどう対処するか

初出:2014年4月29日〜5月3日
WEB新書発売:2014年5月23日
朝日新聞

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 「ゴキブリども」「殺せ」「日本から叩きだせ」。2013年夏、東京・新大久保や大阪・鶴橋でのデモの映像を見て、河野義行さんは、「放っておけない」と思った。1994年の6月の松本サリン事件で、強烈な嫌がらせを受けた自分の経験と重なったのだ。ヘイトスピーチ撲滅を目指す「のりこえねっと」共同代表就任を決意した瞬間だった――街頭、イベント、図書館、美術館、そしてネット。日本のあちこちで、「黙れ」という圧力が高まっている。そうした動きに対抗し、乗り越えるにはどうしたらよいのか? 息苦しい時代の重苦しい空気をルポする。

◇第1章 [ヘイトスピーチ]―それでも対話続ける
◇第2章 [黒子のバスケ事件]―会場の一角、穴開いた
◇第3章 [特定秘密保護法]―まるで図書館戦争だ
◇第4章 [戦争と芸術]―消えた平和の造形
◇第5章 [反原発団体への嫌がらせ]―怖いのは世論の退潮


第1章 [ヘイトスピーチ]―それでも対話続ける

のりこえねっと共同代表
河野義行さん(64歳)


 「ゴキブリども」「殺せ」「日本から叩(たた)き出せ」
 罵(ののし)られる在日コリアンが20年前の自分に重なった。
 「放っておけない」
 2013年の夏、東京・新大久保や大阪・鶴橋でのデモの映像を見て、河野義行さん(64)は「のりこえねっと」の共同代表になると決めた。ヘイトスピーチ撲滅を目指す団体で、人材育成コンサルタント辛淑玉(シンスゴ)さん(55)に誘われていた。
 1994年6月の松本サリン事件(長野県松本市、死者8人、重軽症者約600人)で、妻・澄子さんが意識不明の重体、自らも重症を負った。2日後、第一通報者の自分を犯人視する報道が始まった。
 「人殺し、出て行け」
 嫌がらせや無言の電話が一日中鳴り、脅迫状も届いた。治療や看病で通う病院で白眼視され、親族の女性が「河野の親類」を理由に離婚を切り出された。
 「これでも法治国家か」。理不尽さに身震いした。
 が、自らを追い詰めたメディアにも積極的な対話を求めた。自宅で取材を受け、手持ちの薬品を検証させた。その報道で、世論は「会社員にサリンは作れない」と変わっていった。
 実行犯のオウム真理教信者とすら対話した。謝罪したいというサリン噴霧車を作った元信者を受け入れ、彼らを理解するため拘置所に行き死刑囚と話した。
 一貫して反省を示さない新実智光死刑囚にも会った。地下鉄サリンなど11事件で26人を殺した罪で死刑が確定する直前だった。
 「無差別テロというなら、殺人罪ではなく(首謀者だけが死刑になる)内乱罪に問うべきだ」と言った。共感できないが、筋は通っている。価値観の違いとして受け止めた。
 「人は育った環境が異なり、考えが違うのは当たり前。すり合わせるには、言葉を媒介にするしかない」
 一度は「敵」と考えた報道や元信者との対話を通して、たどり着いた結論だ。
 妻は08年8月、意識が戻らないまま60歳で逝った。2年後、「人生をリセットしよう」と鹿児島市へ移住。ゆっくりしていたところに、のりこえねっとへの参加依頼があった・・・

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