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教育・子育て
朝日新聞社

東大より難しい数学日本代表 「五輪」に挑む精鋭たちの素顔

初出:2014年4月23日〜5月3日
WEB新書発売:2014年5月23日
朝日新聞

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 算数や数学が「苦手で嫌い」という人は、きっと「得意で好き」という人よりも多いはず。だから、ここに登場する「とにかく数学が大好きで、得意中の得意」な高校生たちの数学エピソードには、驚かされるに違いない。「苦手」な人から見れば、もはや異次元の世界のような難問を解き、国際数学オリンピックに挑む日本代表の面々でも、世界では10位前後の実力。国内の競争を勝ち抜いて選ばれた日本代表は、トップを目指し、今年も世界へ打って出る。

◇第1章 難問挑み、世界と競う
◇第2章 先輩のひと言でやる気に火
◇第3章 一番嫌いなのは、答えを見ること
◇第4章 情報と数学、「答えひとつ」の魅力
◇第5章 いいかげんな返答はしない
◇第6章 唯一の高1、努力の源は野球部に
◇第7章 ゴール明確、男子も女子もない
◇第8章 女性初の代表「魅惑の世界へ挑め」


第1章 難問挑み、世界と競う

 新緑がまぶしい東京・代々木の国立オリンピック記念青少年総合センター。ここに集うのはスポーツの精鋭だけではない。2014年5月4日、2泊3日の強化合宿に訪れるのは、「数学の日本代表」。7月に南アフリカ・ケープタウンで開かれる第55回国際数学オリンピック(IMO)の出場選手6人だ。
 数学好きの中高生5063人の中から、3度の関門をくぐり抜けてきた。半世紀以上の歴史を誇るIMOの日本代表に選ばれるのは、倍率数百倍という「狭き門」。わずかな椅子を巡って争われ、「東大に入るより難しい」などと言われる。
 それだけに、合宿に集う若者たちの数学にまつわるエピソードは事欠かない。
 例えば、私立洛星高校(京都市)3年の早川知志(さとし)君(17)。早川君によると、小学1年の時、五つ上の兄にかまってもらいたくて、兄が取り組んでいた洛星中学の入試問題をやっていたら解けてしまった。同中1年の時には、京大の数学の入試問題で解けたものがあったという。
    ◇
 代表選考は、1月の日本数学オリンピック(JMO)予選から始まる。14年は全国67会場で3230人が参加し、このうち220人が2月の本選へ進んだ。最終選考を兼ねた3月下旬の春合宿への参加権を得たのは、上位20人だった。
 もう一つ、IMOへとつながるのが、中学生以下が対象の日本ジュニア数学オリンピック(JJMO)。14年は1833人が予選に参加し、本選を経て上位5人が春合宿に招かれた。
 春合宿は、代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターで、6泊7日の日程で行われた。初日は開講式、2日目からは午前中に講義や演習、午後に試験。IMOと同レベルの難問が出される試験は1日3問、4日間で計12問が出題され、この成績で代表が決まる。
 「初めて参加した昨年は『こんなに難しい問題が出るのか』と驚いた。毎日がとても長く感じた」と早川君。勝手が分かった14年は「楽しくて、一瞬で終わってしまった」。夕食後は談話室に集まり、普段はできない数学の専門的な話や質問をし合い、深夜まで語り合った。
 とにかく数学が大好きで、得意中の得意というメンバーばかり。「任意の人間が満点を取れる問題」「それじゃあ、空集合になってしまう」。互いの会話も数学の問題文のような言い回しになることがある。
 「俺は世界一数学ができない人間だ」と、だれかがふざけて言った。だとすれば、ほかのみんなはどうなる。「マスハラだ!」の言葉が飛んだ。マスマティクス(数学)とハラスメント(嫌がらせ)を略した造語だ。
    ◇
 合宿中の夕食後、人気を集めたのは、頭を使ったゲームだった。場に並べた12枚のカードから3枚の組み合わせを探し出す「SET(セット)」や、参加者に紛れ込んだ人狼(じんろう)を、会話を糸口に探し出す遊びで盛り上がった。
 日本代表の選抜や派遣に携わる数学オリンピック財団の小林一章理事長(73)は「24時間数学の話をしても仲間内で浮かないから楽しかった、という参加者が多い」と話す。
 春合宿にはチューターと呼ばれる大学生約20人が一緒に寝泊まりし、講義や交流の手伝いをする。かつて数学オリンピックで活躍した面々で、OB・OGとして後輩の面倒を見る。
 チューターたちも、いずれ劣らぬ数学好き。東大2年の葛西祐美さん(19)は電車内でも筆記用具を取り出し、思索に没頭することも少なくない。外出先でも数字を見ると素数かどうかが気になり、周りの友人に「これって素数だよね」と話しかけて驚かれたことがある。
 東大2年の北村拓真さん(19)は10年から3回続けてIMOに出場した。初めて代表になったカザフスタン大会の1日目、現地スタッフのミスで、日本語の問題用紙が配られなかった。「慌てたけど、やるしかない、とかえって吹っ切れた」。英文の問題を必死で読み、3問中2問を解いた。「IMOが刺激になって、数学への興味がさらに増した」と振り返る。
 日本のIMO参加は先進国の中では遅く、90年の中国・北京大会から。これまでは09年の2位が最高成績だ。
 日本代表の団長を務める中央大の藤田岳彦教授(58)によると、最近は米国、ロシア、中国、韓国が4強を占め、日本は10位前後にとどまる。藤田教授は「アジア系は数学に強い。日本の潜在能力はもっとあるはずだ」と期待を寄せる。

■国際数学オリンピック南アフリカ大会日本代表選手
 ・早川知志(さとし)君(京都府、洛星高3年)
 ・井上卓哉君(埼玉県、開成高1年)
 ・隈部壮君(神奈川県、筑波大付属駒場高3年)
 ・大場亮俊(りょうしゅん)君(東京都、筑波大付属駒場高3年)
 ・上苙(うえおろ)隆宏君(東京都、早稲田高3年)
 ・山本悠時君(愛知県、東海高3年)
 ※アルファベット順



◎1問目から高校教師てこずるレベル/国際数学オリンピック
 国際数学オリンピック(IMO)は毎年7月に開かれる大会で、「大学教育等を受けていない20歳未満」が参加できる。代表選手は各国6人。
 開会式の3、4日前、各国の団長団が現地入りし、あらかじめ参加国から提案された問題の中から、出題する6問を選ぶ。コンテストは午前9時〜午後1時半。1日3問が出題され、2日間で計6問に取り組む。
 両日とも1問目が比較的易しく、2問目、3問目と進むにつれ、難度が上がるとされている。1問目でも高校教師の多くがてこずるレベルといい、3問目に至っては大学教授が1週間かけて解けるかどうかという難問も出されるという。
 配点は各問7点で、満点は42点。証明問題が中心で、解答が不完全だと減点される。参加者の約半数に、金・銀・銅のメダルが1対2対3の割合で授与される。6問のうち2問正解で銅、3問で銀、4問解ければ金というのが目安だ。
 国の順位は代表選手の得点の合計で決まる。採点は、団長団が自国選手の答案を見た後、主催国の採点委員との間で協議し、決定する。
 第1回は1959年のルーマニア大会。旧ソ連や東欧などの7カ国から計52人が参加した。その後、参加国は徐々に増え、05年のメキシコ大会では参加者が500人を突破。13年のコロンビア大会には97カ国・地域から528人(うち女性52人)が集まった・・・

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