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文化・芸能
朝日新聞社

唱歌「故郷」をたどって 戦後70年、歌が育んだ郷土・国家の心象風景

初出:2014年5月12日〜5月16日
WEB新書発売:2014年5月30日
朝日新聞

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 「♪兎追ひしかの山」で始まる1914年の文部省唱歌「故郷(ふるさと)」は日本人の心を一つにするのか、被災地など各地で歌われる。「♪信濃の国は十州に」と郷土愛を高らかに歌う県歌「信濃の国」は、長野冬季五輪を盛り上げた。中曽根元首相が作詞した「憲法改正の歌」の作曲家は戦前、軍歌も作る情熱家だった。折しもいま、戦後レジームからの脱却を掲げる安倍首相は愛国心や改憲を訴える……。2015年で戦後も70年。日本人の心象風景や国家観はどう育まれたのか、歌の歴史を通して読み説く。

◇第1章 原風景という幻風景
◇第2章 100年歌い継がれるなんて
◇第3章 信濃の心、県歌に集う
◇第4章 軍歌に県歌、熱血変わらず
◇第5章 懐かしき歌、静かに流れよ


第1章 原風景という幻風景

 日本人はこの70年どう生きてきたか。50代半ばの記者2人で、これから様々にたどっていきたい。
 2015年で日本は戦後70年を迎える。数字に格段の意味はない。だが振り返るには相応に長い旅路であり、今とこれからを考えてみる頃合いではあるだろう。焦土と化した日本を記憶する世代も少なくなった。「戦後80年」を無事に迎えられるのかどうか、何かと雲行き怪しい時勢でもある。
 歴史には前後がある。100年、さらにはもっと古くからの日本に照り返されて、戦後も今もある。断続的ながら長期に及ぶ本シリーズでは、時に遠くも見渡したい。
 まずは日本人に最も親しまれてきた歌の一つから始めよう。「故郷(ふるさと)」である。
 
 兎(うさぎ)追ひしかの山
 小鮒(こぶな)釣りしかの川
 夢は今もめぐりて
 忘れがたき故郷
 
 知らない人はまずいない。ウサギを追ったことのない人も、小ブナを釣ったことのない人も、ああそうだったよなと懐かしい気持ちにさせてしまう。言葉の妙、音楽の力。どこのことでもあり得るが、実はどこにもない、この国の原風景を皆が見る。
 日本人の心を一つにする歌ということか、東日本大震災後は歌われることますます増えた。老いも若きも等しく歌う。EXILE ATSUSHIは初の配信シングルに「ふるさと」を選んだ。
 14年5月1日、東京・永田町の憲政記念館でこの調べを聴いた。超党派の新憲法制定議員同盟が開いた大会で、雅楽の東儀秀樹(54)が篳篥(ひちりき)で奏でたのである。東儀は、歌詞に触れながら「自分は日本人だとしみじみ感じさせてくれる歌」だと聴衆に語った。生きてきた時間の、良いことも悪いこともすべて大切な時間だったことに気づかされる、と。
 憲法改正を目指すこの大会では、14年5月で96歳になる元首相中曽根康弘も登壇したのだが、このことについては後の回で触れたい。「故郷」に誘われて、県歌から憲法へと、私は思わぬつながりをたどることになるのだった。
 さて、文部省唱歌「故郷」が小学校の教科書に登場したのは1914(大正3)年のことである・・・

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