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朝日新聞社

プロメテウスの罠〔48〕 帰還の現実「再除染なし。被爆線量が増える」

初出:2014年5月25日〜6月8日
WEB新書発売:2014年6月20日
朝日新聞

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 「子どもを連れて戻るわけにはいかない」「線量計を見ながら生活するなんて」。福島の原発事故で国の避難指示を受けた被災地住民が、除染終了後も放射線量が高い地元に戻るか否かで苦悩している。原発再稼働を支持する安倍政権の「復興加速化」政策では、戻れば賠償金を1人90万円上乗せし、放射性廃棄物の焼却施設もつくるという。カネで強引に帰還を急がせ、「いのちの問題」は二の次。再除染もない――。地域再生を切願する自治体と避難先に残る不安な住民。国策に引き裂かれた故郷と家族の現実を追う。

◇第1章 別れるしかなかった
◇第2章 「約束」はどこへ
◇第3章 子どもが住めるのか
◇第4章 まるで「管理区域」
◇第5章 片道25キロの通学路
◇第6章 汚染されたままの山
◇第7章 「真実を見に行こう」
◇第8章 人形劇が語る苦悩
◇第9章 井戸水は飲めるのか
◇第10章 線量計つきの暮らし
◇第11章 「絶対の安全」はない
◇第12章 永田町に実情訴えた
◇第13章 再除染にゼロ回答
◇第14章 不安直視せずに解除
◇第15章 過疎化の加速心配


第1章 別れるしかなかった

 新緑の山々に囲まれた福島県田村市の都路(みやこじ)地区。東京電力福島第一原発の西にある農村地域だ。事故の直後、原発20キロ圏に住む121世帯380人は国の指示で避難した。
 それから3年。政府は2014年4月1日、都路20キロ圏への避難指示を解除した。曲がりくねった林道の先に家がある坪井幸一(つぼいこういち)(65)は仮設住宅を離れ、妻(65)と2人で帰ってきた。
 ちょうどひと月たった5月1日、杉の木が茂る家の裏山側に線量計をかざし、記者に示して見せた。
 「ほら、まだこんなにある」
 毎時0・73マイクロシーベルトの放射線量。一般人の被曝(ひばく)限度は年間1ミリシーベルトが平常時の基準だ。毎時にすれば0・23マイクロ。それを上回る地点が、まだあちこちに残っている。
 国による地域の除染は13年6月までに一通りすんだ。仮設住宅に残る息子の秀幸(ひでゆき)(36)はあきれ顔だ。
 「とてもじゃないが、子どもたちを連れて戻るわけにはいかない」
 秀幸には10歳の長女、3歳の次女、1歳になったばかりの三女がいる。線量の高い地点が残っていては安心して子育てできないという。
 幸一は息子の言葉にうなずく。
 「そのほうがいい。若い夫婦や子どもにとっては体が心配だ」
 親子は原発で配電設備の仕事に長く携わってきた。だから、放射線の危険性は身をもって知っている。一家が離ればなれになるのはつらいが、そう決断するしかなかった。
 13年12月20日。住民が望むレベルの除染が実現されないまま、安倍内閣は福島の「復興加速化」を掲げて新たな指針を閣議決定した。
 早く帰還する住民には1人90万円の賠償金上乗せを検討する。被曝線量は従来の空間線量による推計から、住民が個人線量計で自ら測る方式に見直す、と伝えられた。
 息子の秀幸は首を振る。
 「原発作業員でもない一般の住民が、線量計をぶら下げながら生活するなんて……」
 結局、カネを積んで住民を早く帰還させ、かたちばかりの復興を急ごうということじゃないのか――。
 避難指示の解除準備区域は第一原発周辺の11市町村に広がっていた。都路地区は解除の第1号になる。
 父の幸一は眉をひそめた。
 「なし崩しの解除では、あとに続く地域にも響きかねないのだが・・・

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