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医療・健康
朝日新聞社

海外行きで、人生変わった 国境を越えた彼女の事情

初出:2013年5月14日〜5月17日、10月8日〜10月11日
WEB新書発売:2014年7月4日
朝日新聞

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 海の向こうに、別の人生が待っているかもしれない。探していた疑問の答えが見つかるかもしれない。憧れていた未来が実現するかもしれない――そんな思いで、国境を越え、新しい土地で生活を始めた女性たちは、試行錯誤の末に何を発見したのか? 米ワシントン州バンクーバーに生まれたステイシー・マイヤーは、幼いころから日本にあこがれ、留学を機に日本人の恋人もできた。しかし、帰国を前に二人の関係は微妙になりはじめ……。国立成育医療センターに勤めていた看護師、高木いずみは、ぜんそくで入退院を繰り返していた自身の経験から、重症の子どもが自宅で家族と暮らす支援サービスを始めたいと思いたち、海外の小児医療の現場を学ぶため、イギリスへ。合計二年の滞在中にボーイフレンドもでき、親からも結婚をせっつかれるが、夢への道はまだ半ば。毎日は充実しているが、この先は? 思いまどう女性のライフヒストリー。

◇小児ケア 英国で学ぼう
◇引き留めないの?ユウタ


小児ケア 英国で学ぼう

◎入院する子の気持ち分かるから
 ピンクの産着にくるまれた赤ちゃんを左手でそっと抱き、右手で哺乳瓶を口元にもっていく。赤ちゃんにほほえみ、「大丈夫だよ」というように時折うなずきかけながらミルクを飲ませる。
 「寝かせすぎないで、普通に抱っこしたらいいんですよ」。傍らで見守る若いお母さんに話しかける。
 高木いずみ(28)は看護師。4月末まで、東京・世田谷の国立成育医療研究センターで働いていた。胎児、新生児から大人になるころのケアまで、子どもの病気にかかわる治療をする病院だ。
 この日は、入院中の赤ちゃんのお母さんに授乳の仕方を教えた。赤ちゃんがびっくりしないように、ゆっくり優しく触れる。お母さんにも声をかけ、自信をもって赤ちゃんに接してもらえるように気を配る。
 「雰囲気がやわらかくて、ああ、本当に子どもが好きなんだなあ、と。子どもに接するしぐさ、表情、言葉のかけ方。すべてににじみ出るんですね」。看護師長の浅田美津子(46)はそう評する。
 3歳ぐらいから「私は小児科の看護師になる!」と決めていた。自分もぜんそくで入退院を繰り返したから。入院は数日から、長いときには1カ月。発作が起きると気道が狭くなって呼吸が苦しくなり、動くのもしんどかった。
 年子の兄と三つ下の妹がいて、両親といつも一緒に病室にいられるわけではなかった。本が読める年頃になるまでは、よく色鉛筆で絵を描いた。ベッドから天井を見上げ、板と板の隙間にできる線を目で追って気を紛らわせたこともある。
 どうしてこんな苦しい思いを何度もしなきゃいけないの。またカーテンで仕切られた中に1人でいなきゃいけないのかな。病室にくる看護師の一挙一動に敏感になった。この人は優しそう。この人は面倒くさそうに仕事してるなあ……。
 「入院している子どもの気持ちがよくわかる。だからこそ、今度は自分が子どものために何かしたいんです」
 看護専門学校を卒業後、国立成育医療研究センターに就職したのも、小児医療の最先端の病院で働きたいと思ったからだ。薬を注射したり、タンを吸引したり、お風呂に入れたり。医療と生活の両方をみるのが仕事だった。
 病棟には、障害や病気が重くてなかなか自宅に帰れない子もいた。心電図モニターや酸素吸入の装置に囲まれ、落ち着かない様子を見ると、やるせなさが募った。
 担当した子どもが退院後、体調を崩して再入院してきたとき。その子の母親に言われた。「ちょっとでいいんだけど、預かってくれるところがないんだよね」
 息もつけないお母さんたち。そんな話を聞くうち、自分の進む道が見えた。
 「私がやりたいのは、重症の子どもが自宅で家族と暮らしていくための在宅支援。ゆくゆくは自宅の一部を使って、どんな子でも一時的に預かるサービスを始めたい」
 そのためにも、もっと勉強しよう。高校生のころから、いつか海外の医療現場を見たいと思ってきた。国立成育医療研究センターに勤務して3年目。「行くなら早いほうがいい」と、イギリス行きを決めた・・・

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