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世相・風俗
朝日新聞社

男の既得権益は渡さない! 女性労働者は型に嵌め、力を削げ

初出:2011年10月1日、2012年12月1日、2013年8月17日
WEB新書発売:2014年7月4日
朝日新聞

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 世界中に「日本は性差別国家」と認定される原因となった東京都議会の「早く結婚した方がいい」ヤジ問題。だが、女性の労働環境の移り変わりをひもとくと、残念ながら日本人男性の意識は、「女性は家事を手伝いながら、花嫁修業で裁縫や料理を習うのが当たり前」という恐ろしく古い昭和のころから、さして変わっていないように見える。「パート」の誕生、「OL」の普及、残存していた「結婚退職制度」――。その裏に潜むものは、一体何なのか。(年齢、肩書は掲載時のものです)

〈昭和29年10月〉 パートタイマーの誕生 家庭と両立、魅力の3時間勤務
〈昭和38年11月〉 新語「OL」登場 事務員、レディーに衣替え
〈昭和41年12月20日〉 結婚退職制に違憲判決 「職場の花」で終わるもんか


〈昭和29年10月〉 パートタイマーの誕生 家庭と両立、魅力の3時間勤務


 「お嬢様の 奥様の 三時間の百貨店勤め」
 こんなコピーとともに1954(昭和29)年9月、大丸東京店の「パートタイムの女子店員募集」告知が首都圏の新聞に載った。「パートタイム」という言葉を日本で初めて使ったといわれる広告だ。

 当時18歳、高校を出たばかりの石原ます子(ますこ)さん(76)は、「聞いたことのない外来語で、『あら、何かしら』と思いました」と振り返る。
 同店は翌10月の開業を控えていた。人事課にいた菊池欣二さん(86)は「東京駅の百貨店として地下1階と1、2階は午後8時までの営業が決まり、労務対策でパートタイムを導入した」と説明する。百貨店の閉店時間は通常午後6時だった頃で、夜間営業に対応し、「朝と夕の2班に分け、奥様は夫を仕事に送り出した後に3時間、お嬢様は学校帰りに3時間勤務してもらうというアイデアでした」。
 米国の百貨店を視察した同店幹部が発案。1日160円の給与で健康保険、失業保険もある。“家庭や学業と両立できる新しい制度”とアピールすると250人の募集に8千人近い応募があり、面接会場を取り巻く行列ができた。
 女性は家事を手伝いながら花嫁修業で裁縫や料理を習うのが当たり前の時代。「3時間なら稽古帰りに通えると母親を説得しました」と石原さん。採用が決まり靴下売り場に配属された。「お給料で映画を見たり洋服を買ったりしました。誰に気兼ねすることなく堂々と使えてうれしかった」
 社内報に載った座談会によると、パートタイマーの平均年齢は22〜23歳。正社員に登用された人もいた・・・

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