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教育・子育て
朝日新聞社

家庭科男子の誕生 必修化20年で名門男子校はどう変わったか

初出:2014年6月12日〜6月21日
WEB新書発売:2014年7月11日
朝日新聞

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 中学、高校でかつては女子だけの必修科目だった家庭科。1985年の女性差別撤廃条約への加入を機に、93年度に中学が、94年度には高校で男子も必修になり、今年で20年を迎えた。料理、裁縫、栄養学、育児など、家庭科の教育内容は、伝統ある男子校に、どこまで浸透したのか? 埼玉県立浦和、東京都新宿区の私立海城など、名門男子校を中心に、現場を覗いてみると、そこには面白い風景が広がっていた――「男らしさ」「女らしさ」を問いなおす、ユニークなルポ。

◇第1章 オレたち、家事実習中
◇第2章 生活に役立つから面白い
◇第3章 玉結びに苦戦「出張できないよ」
◇第4章 先生も驚く、オトコの細かさ
◇第5章 父と一緒に料理、遊び感覚で
◇第6章 炭酸飲料の糖度に「えーまじで?」
◇第7章 「自炊、逃れられない」試行錯誤中


第1章 オレたち、家事実習中

 昭和生まれの女子たちでにぎわう街、東京・新大久保。韓流ショップが立ち並ぶ駅の近くに、「新しい紳士の育成」を掲げる中高一貫の男子校がある。私立海城中学・高校。今春も東大に40人が合格した進学校だ。
 2014年5月半ば、会議室を改修した厨房(ちゅうぼう)に、高1のクラス40人が入ってきた。自作のエプロンを着て、頭にはカラフルなバンダナを巻いている。「似合わねぇ」「おっしゃれー」。14年初めての調理実習に盛り上がる。
 「では、始めます」
 「よっしゃー!」
 家庭科の川辺綾子先生(51)の合図で、班ごとに肉や野菜の担当に分かれ、真剣に切り始めた。共学校では女子に任せる男子もいるが、ここに女子はいない。自然に役割が決まる。
 この日のメニューは、鍋で炊いたご飯で作るおにぎりと豚汁。「震災のとき電気が止まっても、普通の鍋でご飯が炊けると知ってほしいから、今日は鍋で炊飯します」と川辺先生。「水の量は米の1・2倍」も、前回の授業で学習済みだ。



 だが、カセットコンロにボンベをはめるのに苦戦する生徒も。使ったことがないようだ。
 「ゴボウは、こんなふうに、鉛筆を削るイメージで切ってください」。先生が「ささがき」のお手本を見せると、「削ったことないです」。「え? 鉛筆を削ったことない?」
 すると、別の班から、「先生、やばい、やばい」とSOSが出た。「鍋が沸騰して泡が出てるけど、どうすればいいですか」
 数年前には、鍋からぶくぶく出る泡を見て、「鍋に洗剤が入っている!」と真顔で言った生徒もいたらしい。女子校でも教えている川辺先生は、「女子も同じです。家での生活体験が乏しくなった」と嘆く。
 だが、新しい兆しも見える。
 みそこし器をカシャカシャしていた和泉海(かい)君(15)が、「オレ、いつもはお玉の上で菜ばしで混ぜてるんだけど」とつぶやいた。「家で作ってるの?」と記者が尋ねると、「自分が好きな料理を母親に頼むと、手伝わされます。みそ汁作れって」。
 班長の青木漱介君(15)は、「家では週1回、米をといでいる」という。「父と母が仕事でいない日は、姉と僕のどちらかがご飯を炊いてます」
 実習の最後は、完成したご飯と豚汁の一部を先生に提出。「1班、とてもおいしいよ」の評価に、「あざーっす!(ありがとうございます)」と拍手がわいた。



 さいたま市浦和区の県立浦和高校も男子校。訪ねた日は、3年生がエプロン作りに挑戦していた。布を裁断してミシンで縫い、ステンシル(型染め)でワンポイントの飾りを付けるまでの本格的な実習だ。
 「くっそー」
 しつけ糸でポケットを裏につけていたことに気づいた中島駿君(17)。悔しそうに糸を外し、まち針を刺しただけでミシンをかけ始めた。「ゆっくり」のスピードを選び、慎重に針を運ぶ。完成後、「ポケット、きれいについたね」と褒めると、「でも、真ん中に空気が入っちゃったんで」と不満な様子。出来栄えにこだわる男子は多い。
 手ぬぐいのまつり縫いも丁寧だ。多くの生徒が、長方形の4辺、全長約2・6メートルを手縫いで黙々とかがっていく。金毛利(かなもり)加代子先生(42)は、「医学部に行く子は、手術の練習になるよ」と発破をかけた。
 同校には、2階建ての立派な家庭科棟がある。男子も家庭科が必修になった20年前に増築された。調理台は、男子の平均身長に合わせ、通常より10センチ高い。ミシンは20台あり、2人で1台を使うことができる。
 東大や全国の国立大医学部にも多くの生徒が進学する。すぐに一人暮らしに役立ててもらおうと、家庭科は3年生で学ぶ。
 「大学で彼女ができたとき、このエプロンを着てご飯を作ったら、『かわいい』って言われるよ」。金毛利先生は「かわいさ」でやる気を引き出した。
 紺や黒の生地を選んだ生徒が多い中、西守賢恭(まさたか)君(18)のエプロンはピンクだった。夏でも長い学ランで授業を受ける応援団長。「普段が黒ばっかりだから、こんな鮮やかなのが欲しかったんで」
 アイロンをかけていた生徒たちは、将来の結婚について盛り上がっていた。三浦礼士君(17)は、「オレは家事ができない女子とも結婚できるように家庭科を頑張る」と宣言。「気に入った女性が家事がうまいとは限らないでしょ? メシがまずかったらオレが作る」。家事を基準に相手を選びたくない、という男の決意だった・・・

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