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スポーツ
朝日新聞社

野球部を一から創ってみた 福井・啓新高、3年の軌跡

初出:2014年7月15日〜7月19日
WEB新書発売:2014年8月14日
朝日新聞

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 福井県にある元女子高の野球部が、この夏、選手権県大会でベスト4まで進んだ。野球部が創部されたのは2年前の春。大会前の壮行会では応援団として声を張り上げ、球場では自作の応援歌を歌う「熱血校長」の執念だった。グラウンドも先輩も実績も何もない野球部には16人の1期生が入部した。そこで待っていた実績十二分の監督と過ごした2年数カ月。雑草を抜き、芝生を植え、グラウンドを自分たちで一から作り上げた1期生が、最後の夏を迎えた。

◇第1章 創部、父の遺志継いだ 熱血校長
◇第2章 1期生、わが子のよう 鬼監督
◇第3章 「人生の修業」支えた 寮母役
◇第4章 芝植え草抜き、自力で グラウンド
◇第5章 自信持ち一つになれ 集大成の夏


第1章 創部、父の遺志継いだ  熱血校長

◎応援歌も自作、最前列で叫ぶ
 「フレー! フレー! 啓新!」。啓新高校の運動部が各種大会に出場する前、校長の荻原昭人(47)は体育館で壮行会を開く。しゃがんだ全校生徒の真ん中に1人で立ち、壇上の部員たちに渾身(こんしん)のエールを送る。「応援団がないから、自分でやるんです」
     
 「いつか野球部をつくりたい」。先代校長で2009年夏に75歳で亡くなった父・芳昭は、口癖のように話していた。熱狂的な阪神ファンで、テレビ中継はもちろん、北陸で試合があれば観戦に行った。荻原は王貞治のファン。小学生の時に漫画「王貞治物語」を読み、プロフェッショナルな生き方に憧れてきた。
 啓新は福井精華女子学園を母体とする元女子高で、1998年に男女共学化した。父子は春や夏の高校野球の盛り上がりを見ては、野球部がないことを寂しがった。荻原は父の死後、遺志をかなえようと、人望と実績のある監督選び、設備費のめどなど条件がそろう機会を見定めてきた。
 出会いは2010年冬に訪れた。「高校野球をやりたい人がいる」と、知人から大八木治(60)を紹介された。東海大甲府(山梨)を率いて春夏通算11回の甲子園出場を果たした名監督だ。大八木は大学野球の監督就任話がこじれ、原点の高校野球で新天地を求めていた。2人は「ナンバーワンを目指す」という目標と「野球というスポーツを通した人材育成」という目的を明確に分ける考え方で一致し、意気投合した。
 野球部立ち上げの期日を学園創立85周年、高校開校50周年、共学化15年の節目となる12年4月に定めた。
 だが、部員のあても練習場所も寮もない。荻原は「マイナスからのスタートです。絶対に逃げない覚悟はありますか」と大八木に問うた。大八木は「常に命がけですから」と力を込めた。荻原は全面バックアップを約束した。
     
 創部からわずか20日後の12年4月21日。大八木率いる1期生16人が真新しいユニホームを着て、春の北信越地区高校野球県大会1回戦で初の公式戦に臨んだ。
 「気合だっ!」。白いシャツに紺色のスラックス、サングラス姿で応援席の最前列に立ち、大声で叫ぶ男性の姿と迫力に、大八木は目を丸くした。荻原だった。自作の応援歌を歌い、手をたたき、覚えた選手一人一人の名を叫んでいた・・・

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