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文化・芸能
朝日新聞社

漱石が好き! 13人のファンが語る汲めども尽きぬ魅力

初出:2014年6月10日〜7月30日
WEB新書発売:2014年8月21日
朝日新聞

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 2014年は、夏目漱石の名作「こころ」が朝日新聞に連載されてからちょうど100年めの年にあたります。一人の作家が、世紀を超えてこれほどまでに愛されるのはなぜなのか? 13人の漱石ファンが、漱石の不思議な魅力の源泉を語ります。〈登場される方々〉池内了、萩京子、豊崎由美、サンキュータツオ、もんじゅ君、中脇初枝、西川美和、柏木博、夏川草介、布施英利、綿矢りさ、藤原啓治、高橋正雄(敬称略)。

◇第1章 科学という物語、楽しんだ
◇第2章 心にツンと、何かを残す 
◇第3章 愛すべきダメ男たち
◇第4章 わからないから面白い
◇第5章 「坑夫」で思う原発労働
◇第6章 女性にも世間にも、うぶ
◇第7章 内なる悩み、古びていない
◇第8章 間取りと人間関係の妙
◇第9章 人の孤独を突き詰めた 
◇第10章 自然なヒゲが映すもの
◇第11章 「先生!」読み終えて叫んだ
◇第12章 文豪たちの兄貴分かな
◇第13章 心の病、まなざし温かい


第1章 科学という物語、楽しんだ

宇宙物理学者/池内了さん

 私にとっては「吾輩は猫である」が一番です。寒月君、つまりそのモデルで、私が尊敬する物理学者の寺田寅彦の面目躍如ですから。
 高校時代に初めて読み、科学の話が続々出てくることに驚きました。超絶的曲線なんてのもあり、ホンマかいなと思って調べてみると、超幾何関数のことらしく、だいたい本当なんです。
 漱石は科学のセンスがあり、文理の溝を全く感じさせません。輸入された新しい科学が関心を集め、文学と理学もまだ大きく分離していない、明治という時代背景もあったでしょう。幸田露伴にもそれが言えますね。
 一方の寅彦は、文理の溝を越えた科学者でした。出会ったとき、漱石は熊本の高校の英語教師で、寅彦は生徒。年の差は10歳以上もありましたが、互いに求め合う関係でした。ロンドンから戻った漱石は、寅彦が話す最新の科学に引き込まれていったのでしょう。
 寒月君が語る「首くくりの力学」も英王立協会の実際の論文です。寅彦から聞いた漱石は取り寄せて読み、そのうえできっちり書いている。科学の素養があることがわかります。ニュートン力学の法則も、漱石の分身のような猫が語る形で、漱石自身がまさに納得したんだと思います。
 「三四郎」では、光線の圧力などアインシュタインの理論にかかわる話も出てきます。ちょうど物理学の転換期にあたり、話を聞いて興奮しながら書いていったのでしょう。
 私が2人にいわば再会したのは国立天文台教授だった40代のときです。科学を見直そうと思い、すでに時代遅れだと思っていた寅彦を読み直して、実は本当に新しい発想で50年先を見ていたことに気づきました。寅彦の面影を追いたい、という思いもあり、漱石全集を買いそろえて読み直しました。
 改めて気づいたことは、漱石は科学を、物語として、文化として、楽しんでいたということです。
 この100年、理学は文化というより科学技術として、役に立つかが問われ、文理が離れすぎてしまいました。
 日常の中に科学はある。それに気づかせる語りがほしい。科学、科学といわなくても、端々に、目立たないけど重要、という形で使い、読んだ人がああそうか、と気づくのがいい。かつての私のように、気づけばその発見を人に伝えたくなります。科学を楽しむとはそういうことではないでしょうか。
 漱石は、現代においても重要な科学のあり方を指し示してくれているのだと思います・・・

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