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朝日新聞社

プロメテウスの罠〔54〕 妻よ「故郷を奪われた不安が自死を招いた」

初出:朝日新聞2014年9月26日〜10月7日
WEB新書発売:2014年11月6日
朝日新聞

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 2011年7月、福島県川俣町山木屋。避難先から夫と2人で自宅に一時帰宅した妻は、翌朝、夫が草刈りをしている間にガソリンをかぶって自死した。生まれ故郷で花を愛し、野菜を育てる平凡な毎日を楽しんでいた素朴な妻は、不慣れな避難先での生活と将来への不安に心痛を極め、うつ状態になった。一方、東電は妻の死と原発事故との因果関係を否定。夫側が裁判を起こすと、東電は「個体の脆弱性」、周囲の一部は「金目狙い」と心ない言葉を放った。14年8月、裁判は全面勝訴となったが、妻は戻らない……。原発事故が奪った故郷の暮らし、無二の命の重さを問う。

◇第1章 裁判なかったかも… 
◇第2章 弁護士の言葉で決意
◇第3章 ホタルの里に生きて
◇第4章 山木屋に帰りたい
◇第5章 みるみる無口に
◇第6章 同じワンピース6着
◇第7章 小手毬の木の横で
◇第8章 おばあちゃんに何が
◇第9章 祖母が教えてくれた
◇第10章 「カネか」心ない言葉
◇第11章 判決は、言い切った
◇第12章 遺影と向き合う


第1章 裁判なかったかも…

 2014年9月月8日、福島県川俣町山木屋(やまきや)。
 渡辺幹夫(わたなべみきお)(64)は山間(やまあい)の一軒家の自宅で、昼前から来客を迎える準備にあたっていた。
 玄関を念入りに掃除し、仏間に座布団を並べ、お茶のペットボトルも段ボール箱いっぱい、用意した。
 間もなく東京電力の幹部が、初めて、妻はま子の遺影の前に謝罪に訪れることになったのだった。
 二つ年下のはま子は、福島第一原発の事故で避難を強いられてうつ状態となり、11年7月1日、自ら命を絶っていた。58歳だった。


 東電は、妻の死と原発事故との因果関係を認めなかった。
 幹夫は、それがどうにも納得できず、裁判に訴えていた。
 その提訴から2年3カ月後の14年8月26日、福島地裁は「自殺の原因は原発事故にあった」と認め、約4900万円を支払うよう東電に命じた。
 原告の全面勝訴だった。
 ただ、東電は控訴するだろうと見る専門家もいた。ところが、判決に従うことを決める。さらに幹夫の求めに応じ、訪ねたいといってきた。
 午後4時半、約束の時刻きっかりに福島原子力補償相談室長の近藤通隆(こんどうみちたか)(53)ら4人がやって来た。
 はま子の遺影に頭を下げ、仏壇の位牌(いはい)の前で焼香し、手を合わせた。近藤は幹夫に対して言った。
 「大切な奥様の貴い命を奪う結果になり、ほんとうに申し訳ありません。深くおわび申し上げます。裁判につきましても2年余り、大変なご負担をおかけしました」
 4人は深々と頭を下げた。さらにはま子がガソリンをかぶって焼身自殺した庭の一角に、花を手向けた。


 待ち受けていた記者が控訴断念の理由を問うと、近藤はこたえた。
 「判決の内容を読ませていただき、非常にていねいな事実認定がされていた」
 謝罪が遅れた理由について「訴訟になっていて、なかなか先にここに来るのは難しかった」と述べると、こうも語った。
 「遺影を拝見し、やさしそうで穏やかなお顔が心に突き刺さった」
 夕暮れ。近藤らが去ったあと、幹夫はぽつりと言った。
 「妻もこれで安らかに眠れると思う。初めからこういう対応をして頂ければ裁判はやんなかった」


第2章 弁護士の言葉で決意

 阿武隈高地の山村、川俣町山木屋三道平(みどうだいら)。
 ここに住む渡辺幹夫(64)の家に東京電力の幹部が謝罪に来たのは、幹夫が東電を相手に起こした訴訟の判決が出て13日後のことだった・・・

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プロメテウスの罠〔54〕 妻よ「故郷を奪われた不安が自死を招いた」
216円(税込)

2011年7月、福島県川俣町山木屋。避難先から夫と2人で自宅に一時帰宅した妻は、翌朝、夫が草刈りをしている間にガソリンをかぶって自死した。生まれ故郷で花を愛し、野菜を育てる平凡な毎日を楽しんでいた素朴な妻は、不慣れな避難先での生活と将来への不安に心痛を極め、うつ状態になった。一方、東電は妻の死と原発事故との因果関係を否定。夫側が裁判を起こすと、東電は「個体の脆弱性」、周囲の一部は「金目狙い」と心ない言葉を放った。14年8月、裁判は全面勝訴となったが、妻は戻らない……。原発事故が奪った故郷の暮らし、無二の命の重さを問う。 [掲載]朝日新聞(2014年9月26日〜10月7日、11400字)

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