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科学・環境
朝日新聞社

夢の超特急50年 鉄道誕生の地・英国に逆上陸した栄光の歴史を振り返る

初出:2014年10月5日〜10月7日
WEB新書発売:2014年12月4日
朝日新聞

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 2014年春、JR東日本は英国の高速鉄道計画の推進会社「HS2」社と、技術アドバイザリー契約を結んだ。「日本の友人から学ぶべきものがたくさんある」。人口過密な都市間を結ぶ新幹線で、パンタグラフの騒音やトンネル進入時に出る衝撃音を減らすため、磨きぬかれてきた日本独自の技術が、鉄道発祥の地、英国で評価された瞬間だった。戦前の弾丸列車構想を推進し、志半ばで倒れた父親の遺志を継いだ「新幹線の父」島秀雄氏、その次男で東北新幹線を設計し、2007年に開業した台湾高鉄の技術顧問も務めた島隆氏の親子三代のドラマ、戦時中の特攻機の技術が生きたデザイン、東海道に一大経済圏を出現させ、人々の生活を一変させた経済的インパクト……。新幹線が実現した「交通革命」の衝撃をとらえたレポート。

◇序章 鉄道の母国、たたえた技術
◇第1章 親子三代、磨いた安全
◇第2章 210の命、死者ゼロの礎
◇第3章 狭まる日本、幸せ運ぶ


序章 鉄道の母国、たたえた技術

 鉄道発祥の地・英国が、シンカンセンに学ぶ――。
 2014年春、JR東日本は英国の高速鉄道計画の推進会社「HS2」社に、技術面でアドバイスする契約を結んだ。記者会見の場はロンドンの英国機械学会。初代会長は蒸気機関車の実用化に成功した「鉄道の父」スチブンソンだ。鉄道人の“聖地”と言える。


 「快適性、信頼性、安全性」。会見でHS2社のマクノートン技術顧問は、新幹線の極めて優れた点として三つ挙げ、こう続けた。
 「日本の友人から学ぶべきことがたくさんある」
 それは人口過密な都市間を結ぶ中、パンタグラフの騒音やトンネル進入時に出る衝撃音を減らす技術などを指す。鉄道総合技術研究所の飯田雅宣(まさのぶ)研究部長は「(郊外を走る)フランスの高速鉄道TGVなどにはない、日本特有の技術だ」と自負する。
 新幹線は50年前の1964年、世界に先んじて、時速200キロ超の営業運転に成功した。
 「不利な線路で最高の性能を求める技術を、戦前からとことん詰めてきた。新幹線のようなものをつくれるのは当然のことだった」
 「新幹線の父」と呼ばれる島秀雄(しまひでお)氏(1901〜98)の言葉だ。


第1章 親子三代、磨いた安全

 さいたま市の鉄道博物館。黒光りする蒸気機関車D51(デゴイチ)と、「団子っ鼻」が印象的な新幹線の初代車両0(ゼロ)系はともに人気の展示物だ。島秀雄氏がそれぞれ設計主任、技師長として世に送り出した傑作でもある。
 主幹学芸員の奥原哲志さんによると、D51は「突出した性能を狙わず、安定性を重視した設計」が特徴だ。0系についても秀雄氏は「未経験の技術は原則、使っていない。プルーブン・テクニック(実証済みの技術)の集積だ」と繰り返したという。重い機関車が引っ張るのでなく、すべての車輪にモーターを付けて速度アップを図るやり方も、1958年に東京―大阪間の日帰りを可能にした「ビジネス特急こだま」で実証済みだった。
◎直角水平主義
 「新幹線をつくった男 島秀雄物語」を著した高橋団吉さんは、秀雄氏の人となりを「直角水平主義」と表現する。机の上には製図道具や書類が水平直角に並ぶ。朝食は午前6時、夕食は午後7時きっかりに始まり、チーズも寸分たがわず等分に切り分ける。宴会は必ず1次会で切り上げ、自宅で毎日勉強した。高橋さんは言う。「50年間列車事故による死者がない新幹線の安全性は、『直角水平主義』に根ざしている」
 一方で、徹底した合理性と完璧主義の裏に、父子2代の悲願があった。
 1872(明治5)年の新橋―横浜間開業以来、日本の鉄道のレール幅は、車両が小さくて済むので安上がりな「狭軌(きょうき)」(1067ミリ)を採用していた。世界標準の「広軌(こうき)」(1435ミリ)に比べ、輸送力や速力で不利なのは明らかだ・・・

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