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世相・風俗
朝日新聞社

鏡に映った戦後 豊かで平和な国をつくった内外の人びと

初出:2015年1月1日〜1月8日
WEB新書発売:2015年2月26日
朝日新聞

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 「カルビ」は韓国語(朝鮮語)、「ハツ」は英語、「ホルモン」はドイツ語に由来する、ともいわれる(諸説あり)。豊かで平和な戦後の日本を築き上げたのは、国内にいた人たちの努力だけではない。それは外国に渡った日本人や、日本に来た外国人らのおかげでもあった。ふだんはあまり意識しないが、そんな個人のドラマは、戦後の日本を映す「鏡」でもある。

◇第1章 装う
◇世界からのメッセージ
◇第2章 問う
◇第3章 学ぶ
◇第4章 食べる
◇第5章 支える
◇第6章 演じる
◇第7章 知る


第1章 装う

◎個の力紡ぎ、世界に
 冬のパリは暗いけれど、寒々しくはない。いろんな人種民族がある種の摩擦熱を発して暮らす。モデルのユリア(25)はロシア人、この街に4年。その透き通る肌に、アトリエの松重健太(26)は自作の服を合わせていく。ユリアはされるがまま動かない。初対面のプロ同士、ほのかな緊張を伴い沈黙の時が流れた。
 渡仏6年の松重は2014年春、名高い南仏イエールの服飾コンクールを制し、期待の若手となった。受賞作は前年の夏、瀬戸内の直島にたたずむ安藤忠雄の建築に想を得たという。鉱業から文化へ、戦後日本の流転を映すその島で、誰も見たことのない服を作ろうと心に決めた。基調色は、打ち放しのコンクリートを思わせる薄いグレーである。


 優勝者の国籍に驚きはなかった。松重が巣立ったパリのデザイナー養成校にはアジア系の顔が目立つ。東西の壁はとうに、日本の先達が壊している。「森英恵さん世代の苦労を知ると、独りで日本を背負う覚悟を感じます。それほどの強さを、僕も持ちたい」
 88歳になる森を六本木に訪ねた。取材の終わり際、彼女はやや唐突にその言葉を口にした。「やっぱり、戦争だと思います」。服飾人生の、原点である。
 疎開せず、B29の襲来におびえる日々。下宿先で玉音放送を聴き、負けたというより終わったと思った。「あの敗戦で、地球上の日本がいかに小さいかを知りました」。まだ東京女子大の学生、19歳だった。
 美も知もない。国中が衣食住に飢えていた。結婚した森は、家族の服ぐらい手作りでと洋裁学校に通う。人生を決した選択だ。
 森の仕事は、復興と響き合いながら広がった。映画の衣装で地位を築いた後の関心は、終戦時に意識した大きな世界へと向かう。
 1961年、初の海外旅行が再びの転機となった。まずは冬のパリ。シャネルのスーツを注文し、世には「女が創る女のための服」があることを知った。
 夏のニューヨーク。上階ほど高級品という百貨店の地下に、日本製のブラウスがあった。「蝶々夫人」を観(み)れば妙な所作ばかり。
 冗談じゃない、そんな国じゃない。帰りの機内で悔しさがこみ上げた。「私も若かったですから」。日本のきれを日本で仕立て、あの店の最上階で売らせてみせる・・・

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