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社会・メディア
朝日新聞社

「身代金は払った」 証言・過去の日本人人質事件

初出:2015年2月4日〜2月8日
WEB新書発売:2015年2月26日
朝日新聞

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 日本は中東などで何度も誘拐・人質事件に遭遇してきた。ボランティアら3人が誘拐された事件に直面した外務次官の竹内行夫さん、1970年代に日本赤軍が日航機をハイジャックした「ダッカ事件」で政府特使になった運輸政務次官の石井一さん、ペルー日本大使公邸事件当時の内閣情報調査室長・大森義夫さん、キルギスで日本人技師4人らが誘拐された事件に直面した官房副長官の鈴木宗男さんに話を聞いた。(肩書はいずれも当時)

◇04年イラク人質事件
◇77年ダッカハイジャック事件
◇ペルー日本大使公邸人質事件
◇キルギス人質事件
◇[番外]人命第一、姿勢貫くのか


04年イラク人質事件

元外務事務次官・竹内行夫さん


◎ワナ警戒、情報収集にも危険
 ――イラク人質事件発生が日本に伝えられたのは、2004年4月8日でした。一報を受けた時の状況を。

 「午後6時過ぎに連絡を受け、直ちに外務省にオペレーションセンターを開設した。武装勢力が何者かもわからず、『どこから手をつけていいのか』というのが正直な気持ちだった。当日の夜には福田康夫官房長官(当時)が『(自衛隊)撤退の理由はない』と表明した。これは一種の賭けでもあったが、テロに屈しない姿勢が明確になった」

 ――事件対応は主にどこが担ったのですか。

 「情報分析は外務省に集中した。オペレーションセンターでは、主に現地から来る情報を分析し、官邸に報告して指示を仰いだ。次から次へと出てくる問題についての即断を迫られた」

 ――現地の態勢は。

 「バグダッドの大使館には少数精鋭の献身的な外交官がいた。トップが臨時代理大使の上村(うえむら)司氏(現中東アフリカ局長)。外に出るだけでも危険な状況で、イスラム聖職者や(米英)暫定占領当局(CPA)や部族長たちのもとへとかけずり回って情報収集した」
 「情報収集も命懸けで、『俺たちのところで情報を持っているから話してやるぞ』と言ってこられてもワナかもしれない。二次被害に遭う可能性があった」

 ――情報の取捨選択も難しそうですね。

 「それが大問題だった。どの情報が信用できるかは、東京の外務省では判断が困難だ。情報提供者と日ごろの付き合いがあり、土地勘がある現地大使館に情報の鑑定をしてもらう必要があった」

 ――救出時の状況は。

 「上村氏にイスラム聖職者協会の幹部から『自分たちが3人を保護したので引き取りにきてくれ』と連絡があった。ただ、もしかしたらそれはワナで、迎えに行った上村氏が人質となるという危険も考えられたので、上村氏は警戒しながらも覚悟を固めて出かけた・・・

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