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朝日新聞社

震災法廷 「気象庁にだまされた」

初出:2015年2月18日〜2月22日
WEB新書発売:2015年3月5日
朝日新聞

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 東日本大震災で妻を失った岩手県陸前高田市の男性は、国や市に損害賠償を求める訴訟を起こした。男性によると、市の防災行政無線が伝えていた気象庁の予想では、津波の高さは防潮堤より低かった。だが、結果的にはるかに高い津波が来て妻は犠牲になった。実は、気象庁は地震発生からほどなく予想を大幅に引き上げているが、市によると、停電でその情報を受けることができなかったという。訴訟の行方と男性の思いをたどる。

◇第1章 「気象庁にだまされた」
 ・発表超す津波、妻奪った
 ・尽きぬ疑問「徹底審理」を
 ・もう証拠ない、突然結審
◇第2章 後戻り、生死の分かれ目
 ・車で避難の先輩と後輩
 ・「組織の備え」膨らむ疑問
◇第3章 判決も認めた不十分さ
 ・農協の想定・対応を批判


第1章 「気象庁にだまされた」

◎発表超す津波、妻奪った
 それが妻、幸子(さちこ)さん(当時59)との最後の会話になるとは思わなかった。今は「あのとき津波が来た」「女房は携帯電話を手に持ったまま流された」と思う。
 2011年3月11日、震災発生から40分ほどがたとうというとき、大森俊行さん(64)の携帯にその電話はかかってきた。
 電話の向こうの幸子さんは「テレビも何もメチャクチャ」と家の中の様子を説明してくれた。「それなのに、あなたは何をしているの?」と尋ねられた。大森さんは、車の中にいて、渋滞に巻き込まれている、と妻に説明した。だからすぐには戻れない、と。プツッと電話は切れた。
 電話ごしの幸子さんの声からは津波のことを心配する様子はまったく感じられなかった。家は陸前高田市高田町にあって海から2キロ近く離れている。海辺には高さ5・5メートルの防潮堤がある。だから、「予想される津波の高さは3メートル」との気象庁発表を市の防災行政無線で聞いて妻は安心していたのだろう――。大森さんはそう推測する。
 地震発生42分後の午後3時28分、陸前高田の市街地に津波が到達した。高さは10メートルを超えていた。幸子さんら1800人近くが市内で犠牲になった。
    ◆   ◆
 震災前、大森さんは幸子さんとともに「麺処 なんばんや」という店を家の1階で経営していた。「女房のおかげで評判よかった」と振り返る。
 「俺が遊んでいても一生懸命やってくれた。苦労かけたけど、それでも、女房はついてきてくれた。やさしくて最高だった。自由気ままで好き放題な、こんな俺を愛してくれた」
 そんな感謝の気持ちやねぎらいの言葉を生前の幸子さんに直接伝える機会がなかった。それが大森さんの心残りの一つだ。


 30年以上、連れ添った。幸子さんはよく「温泉でゆっくりしたい」と言っていた。なのに、その、ささやかな夢をかなえてあげられなかった。名づけ親となった孫娘が震災の11日後に生まれた。なのに、一度も彼女に会うことなく、妻は旅だたねばならなかった。
 生前、「あんたなんて、あたしがいなくなっても、次の日から別の女の人とくっついているんでしょ」と冗談めかして言われたことがある。しかし、今、大森さんは「そんな気持ちになれない」と涙を流す。
 「俺を捨てて三下り半で、いなくなったのなら泣かない。女房に申し訳なくて、女房がかわいそうだから俺は泣く・・・

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