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朝日新聞社

未だ復興途上の茨城を歩く かすみがちな被災地のいま

初出:2015年3月10日〜3月14日
WEB新書発売:2015年3月26日
朝日新聞

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 東日本大震災の被災地と言えば、どうしても岩手、宮城、福島3県のイメージが強いが、福島の南隣の茨城県も大きな被害を受けている。福島からの避難者の受け入れ問題、県内各地で起きた液状化被害、原爆事故の影響でいまも買いたたかれる農産物や水産物。被災地として認識されにくいが故に、その実害や苦悩は深い。国が設定した「集中復興期間」が終盤にさしかかった今、茨城の地で何が起き、人々は何を思うのか。現場を探った。

◇第1章 【福島からの避難者】収入二極化、引け目と不安
◇第2章 【液状化対策】家は個人負担、道には期限
◇第3章 【風評被害】「茨城産」買いたたき今も
◇第4章 【漁業】入れない福島沖の漁場
◇第5章 【専門家に聞いた】復興支援、何が大切か


第1章 【福島からの避難者】収入二極化、引け目と不安

◎背景に賠償事情の格差
 「近所には福島から来たことを隠しているんです」
 県南地域に住む50代の男性は自宅でコーヒーを飲みながら、静かに語った。
 震災前に住んでいたのは東京電力福島第一原発から6〜7キロ離れた富岡町。現在は居住制限区域に指定されている。茨城の県南地域に中古の家を買い、他県の避難先から2013年夏に引っ越して来た。
 縁もゆかりもない土地に来て1年半。近所に知り合いは増えた。ただ、深い付き合いはしない。「どこから来たの?」と聞かれれば、「転勤族なんだ」とごまかした。
 男性の妻はその胸の内を、こう明かす。
 「働かなくても賠償金をもらえるし、医療費だって免除される。悪いことをしているわけではないけれど、どこか引け目を感じてしまう」
 国の指示で避難を余儀なくされた場合、1人あたり月10万円の慰謝料が支払われる。ほかにも不動産や家財なども賠償される。
 だが、区域外から自主避難してきた人たちにはそれがない。区域によって、賠償額にも差がある。
 「あそこはもう家を建てた」「お金をもらっているから引っ越すらしい」。こんな話をするのが嫌で、避難者たちの集まりには、なかなか顔を出せずにいる。
 友人と毎日のようにしていた電話は、時が経つにつれて回数が減った。3日に1回、1週間に1回、1カ月に1回……。最近では、自分から電話をかけることはほとんどない。
 「福島の状況が変わらないから、共通の話もなくなってくる。だんだんバラバラになっていくんだ」
     *
 2階建ての戸建て住宅が並ぶつくば市の公務員宿舎。現在は無償で住むことができるこの宿舎には、福島から避難してきた85世帯214人が暮らしている。
 無償居住期間は本来2年間だが、国の方針に基づいて1年ずつ延長され、16年3月までは無償で住めることが決まっている。ただ、その後、どうなるのかは決まっていない。
 福島県郡山市から自主避難し、つくば市の公務員宿舎で暮らす田部文厚さん(43)は「生きていくので精いっぱい。今の生活で家賃は払えない」と話す。
 結婚写真や七五三などのロケーション撮影を手がける会社を営んでおり、震災後、公務員宿舎に事務所を構えて事業を再開した。つくばに来て2年間は、収入がほとんどゼロ。仕事が軌道に乗り出したのは、14年になってからだ。「売り上げを増やすにも運転資金がいる。せめて、あと3〜4年は無償にしてほしい」
 南相馬市から避難してきた林崎幸子さん(35)は「子どものことを考えたら、福島に戻ることは考えられない」という。
 小学校に通う娘3人は学校になじみ、友達もできた。子どもたちからは「転校したくない」という言葉も聞く。「避難自体が子どものためにしたもの。いられるうちは、ここにいられたらいいんですけどね」
     *
 「4年が経ち、福島から避難してきた人たちの二極化が進んでいる」
 避難者支援に取り組む筑波学院大の社会力コーディネーター、武田直樹さん(45)はそう感じている。福島の不動産賠償にめどが立ち、「ひとり立ち」してゆく人がいる一方で、自主避難や母子避難の人たちは経済的に苦しく、「今の生活を維持するのに精いっぱい」という人もいる・・・

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