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世相・風俗
朝日新聞社

アナタはそれを捨てられますか その苦悩と葛藤の先にあるモノ

初出:2015年1月14日〜3月10日
WEB新書発売:2015年3月26日
朝日新聞

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 会社相談役は自己愛を、ある政党は「政権交代の志」を、英文学者は知識や情報を、中小企業社長は製品材料や機械を、映画配給会社代表はキャリアを、女優はうまくいった演技を、金継師は便利と効率を、山伏は自分自身を、幼稚園年長は銀行の花形部署を、生物物理学者は損得勘定を、モデラーはプラモデル数千個を、捨てた。あるいは捨てなかった。そして、「『捨てる!』技術」を書いた辰巳渚さんが語る、「捨てる」ことについての現在。

◇第1章 命を拾い、自己愛捨てた

山田晶一さん

◇第2章 「政権交代の志」持つために

藤村修さん

◇第3章 知的メタボを脱出せよ

外山滋比古さん

◇第4章 山田製作所社長 脱3K、思いやり生んだ

山田茂さん

◇第5章 安定去り、生きる実感湧いた

比嘉セツさん

◇第6章 「捨てられる女優」になりたい

高畑充希さん

◇第7章 冷蔵庫手放し、五感いきいき

黒田雪子さん

◇第8章 自分を離れ、自然とつながる

坂本大三郎さん

◇第9章 より必要とされる場所で

和佐田強さん

◇第10章 「面白いと思えるか」だけ

大沢文夫さん

◇第11章 「捨てる権利」、僕にはない

横山宏さん

◇第12章 入る出る、流れをつくる幸せ

辰巳渚さん


第1章 命を拾い、自己愛捨てた

山田硝子店相談役 山田晶一さん


 うちの会社は、ガラスや鏡を加工しています。技術を高く評価していただき、大阪市の超高層ビル「あべのハルカス」にも納めました。従業員はおよそ100人、年商およそ30億円です。
 恥ずかしいことですが、私は半世紀まえ、命を捨てようとしました。
 1927年に創業した父は、私が大学4年のとき急死しました。学生のまま肩書だけ社長になり、実質は義理の兄たちが経営していました。
 卒業して名実ともに社長になると、大赤字に驚きました。兄たちはやりたい放題で、街の高利貸からも借りていました。取り立ては、すさまじかった。さらに、下の兄は独立し、お得意先をもっていく裏切りにでました。
 ある日、私は、衝動的に、大阪城の桜の木の下で、瓶いっぱいの睡眠薬を一気に飲みました。気がつくと、病院のベッドでした。
 私は、キリスト教的隣人愛を説くトルストイの「人生論」に心酔していました。いったん命を捨てたのですから、自分を、自己愛を、エゴを、捨てることにしました。他人への愛に生きる決心をしました。
 社員のために会社を再建しなくてはなりません。ガラスをうちに納めてくれていた大手メーカーの課長さんの家にいき、事情を説明しました。課長さんは支払いを待ってくれました。「なぜ早く来なかった」と怒られました。
 私は、プライドや恥ずかしさを捨てていなかった。だから、自死寸前に追い込まれたのです。もし今、行き詰まっている方がいるのなら、あなた、すべてを捨てて他人にすがりましょう。死んで花実が咲くものか。
 私は、社員たちに、利益の25%をボーナスとは別に払うと約束しました。約束は、もうひとつ。「利益の5%は、私たちより生きる権利を奪われている人たちに寄付する」
 社員たちは頑張りました。自分の懐が温かくなるだけではなく、寄付先の障害者福祉団体が喜んでくれるのですから。無償の愛は、仕事のモチベーションになります。5年で累積赤字を一掃、それからずーっと黒字です。
 のちに、裏切った兄の会社は行き詰まったのですが、会社ごと引き取りました・・・

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