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教育・子育て
朝日新聞社

卒業式に何を歌いますか? 「仰げば尊し」では物足りない、当世卒業歌事情

初出:2015年3月4日〜3月7日
WEB新書発売:2015年3月26日
朝日新聞

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 岩手県釜石市立釜石東中学校には、校歌とは別に、折に触れて愛唱される歌がある。「いつかこの海をこえて」。震災当時、生徒の7割が自宅を失い、今も7割はスクールバスで通う学び舎。卒業式では、様々な思いを載せて、この歌が歌われることだろう――。「旅立ちの日に」「栄光の架橋」など、昔とは様変わりした人気曲の紹介を交え、島根、千葉、東京の各地の中学校で、旅立ちを彩る「卒業ソング」の風景をレポートする。

◇第1章 声合わせ、この海こえて
◇第2章 「君」は後輩、活躍がうれしくて
◇第3章 先輩への感謝、全部のせて
◇第4章 幼なじみに誘われ、心のままに


第1章 声合わせ、この海こえて

 三陸海岸に臨む岩手県釜石市立釜石東中学校には、校歌とは別の歌がある。「いつかこの海をこえて」。2011年3月の東日本大震災の1年後、15年春卒業する3年生にとっては入学直前に生まれた歌だ。
 2月に訪ねた日も、3年生が音楽の授業で披露してくれた。千葉裕子教諭(57)の指揮に合わせ、穏やかな曲調にのせた歌声が重なり合う。歌い込んできた経験をうかがわせた。
 3年の及川穂乃佳さん(15)が気に入っているのは、さびの「いつかこの海をこえて 僕たちは舟をだそう」という一節だ。14年11月にも、地元のイベントのために作った合唱部の一人として歌った。「いまが未来につながっているという希望を感じるから、でしょうか」


 震災に遭ったのは、釜石東中と向かい合う市立鵜住居(うのすまい)小学校5年生の終わりだった。近くの高齢者施設に避難したが、津波が来ると言われて高台へ。見下ろした街に黒い波が迫っていた。「ここじゃまだ危ない」。周りの人の声を背に、友だち5、6人で手をつなぎ、峠道を駆け上がった。家族全員の無事がわかったのは翌日の夜だ。
 自宅は半壊し、車で30分ほどの場所に移り住んだ。中学に進むときも両親からは最寄りの学校を勧められたが、一緒に震災を乗り越えた友だちと同じ釜石東中にどうしても行きたかった。最後は親が折れてくれた。
 中学ではソフトテニス部に入った。週末は整備されたコートまで保護者が車を出す。練習を見たテニス経験者の父に注意され、思わず言い返したことも。「お父さんとけんかしてさあ」。愚痴った友だちの中に、お父さんを亡くした子がいた。気になったが、逆に気を使われるほうがいやかもしれない。その子は笑って聞いてくれていた。
 震災当時、生徒の7割が自宅を失い、今も7割はスクールバスで通う。帰りの便は午後5時発。部活の大会前などを除き、それまでにすべての活動を終えなければならない。
 3年間、仮設校舎で過ごしたが、他校に分散して間借りしていた小6の時を思えば、自分の学校があるだけでありがたい、と及川さんは言う。いすにストーブ、楽器、ラケット……。多くは全国各地から贈られたり、寄付金で買ったりしたものだ。
 高校進学に合わせ、及川さんは釜石を離れる予定だ。進む道は別々でも、みんながそれぞれの壁を乗り越えて歩んでいく・・・

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