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朝日新聞社

プロメテウスの罠〔61〕 ワゴン車に線量計をつけて

初出:朝日新聞2015年1月31日〜2月19日
WEB新書発売:2015年4月2日
朝日新聞

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 福島第一原子力発電所の事故後、赤いワゴン車にガイガーカウンターをつけて放射線量や位置情報を記録し、ネットで公開したグループがある。計器は弁当箱のようなケースに収まっていたので「b(弁当)ガイギー」と呼ばれた。東京で低かった線量は、北上するにつれて上がってゆき、福島では、行政が公開していた数値よりかなり高かった。「高いのは高い。でも、このぐらいなんだ」。データを見た案内役の男性はかえって安心した。

◇第1章 ハッカー、郡山へ
◇第2章 1日で4千地点測定
◇第3章 見えないから怖い
◇第4章 線量計はどこだ
◇第5章 米国発の放射線地図
◇第6章 ゲイツの後継が協力
◇第7章 成功したネット募金
◇第8章 顔合わせ襲った揺れ
◇第9章 開発期限は1週間
◇第10章 障子張りの作業場
◇第11章 「原爆の子」を胸に
◇第12章 もっとシンプルに
◇第13章 原発に近いのに低い
◇第14章 福島で作る線量計
◇第15章 高校で教える放射能
◇第16章 郵便バイクの荷台
◇第17章 原発周辺も、日常も
◇第18章 IAEAが評価した
◇第19章 測定、世界に広がる


第1章 ハッカー、郡山へ

 東北自動車道郡山インターを出た真っ赤なワゴンが、20台ほどがとまれる右わきの駐車場に滑り込んだ。
 2011年4月24日。東日本大震災からまだ間もない日曜日の午後。
 渡邉利一(わたなべとしかつ)(63)は、待ち合わせ場所に紺のワゴンで先に着いていた。
 赤いワゴンから4人の男たちが降り立つ。
 その1人、カールした栗色の髪に丸メガネ、黒いタートルネック姿の外国人が、独特のイントネーションの日本語で話しかける。
 「ピーテル・フランケンと言います」
 フランケン(47)たちは、ボランティアグループ「セーフキャスト」のメンバーだ。
 福島第一原発事故後の放射線量を自分たちで測定して回り、インターネットで世界中に公開しようとしていた。
 渡邉は地元で広告会社「アイ・エム・ディ」を経営する。この日の測定の案内役を引き受けた。
 フランケンたちの車の窓には、単行本サイズのプラスチックケースが取り付けてある。
 「弁当箱のようなガイガーカウンターなので『b(弁当)ガイギー』と呼んでます」
 「bガイギー」は、フランケンたちが独自開発した線量計だ。
 中には米国製の携帯用線量計と全地球測位システム(GPS)などが詰め込まれている。
 自動車の走行中、「bガイギー」は5秒おきに線量データと位置データを記録していく仕組みだ。
 午前10時すぎに東京を出発してからこの時までに、1700地点ほどの線量データが集まっていた。
 世界的に品不足になっていた線量計で広い範囲の線量データを測る。
 「bガイギー」はそのために急きょ考え出した解決策だった。
 フランケンたちが拠点にしていたのが東京・白金台の「東京ハッカースペース」というDIY(自作)工房だ。
 渡邉はその名前にひっかかった。
 「あのネットに侵入するハッカーか? 何だ、大丈夫か」
 福島から、南極を含む60以上の国と地域へ。「セーフキャスト」が測定、公開している線量データは今、2500万地点を超す。


第2章 1日で4千地点測定

 「きょうは学校の線量を測りたいと思ってます」
 2011年4月24日の午後2時前。待ち合わせ場所の東北自動車道郡山インター出口の駐車場。
 放射線測定ボランティア「セーフキャスト」のピーテル・フランケン(47)たちは、案内役の広告会社社長、渡邉利一(63)にこの日の予定を説明した。
 フランケンたちの真っ赤なワゴンの窓には、弁当箱のようなプラスチックケースに収まった線量計「b(弁当)ガイギー」が取り付けてある。
 「bガイギー」は5秒ごとに線量データと全地球測位システム(GPS)の位置情報を記録し続ける。
 東京タワー周辺で毎時0・13マイクロシーベルトだった線量は、東北道を北上していくと那須高原サービスエリアで0・45マイクロシーベルトを示した。
 フランケンたちは東京・白金台のDIY工房「東京ハッカースペース」を拠点に1週間、突貫作業で「bガイギー」開発に取り組んだ。
 ようやく完成したのは前日の夜。この日は、被災地での初の測定走行だった。
 渡邉が紺のワゴンで先導し、一行は駐車場から郡山の市街地へと抜けていく。
 日曜日とはいえ、放射線量を気にしてか、出歩く人影もまばらだ。
 少し雨も降り出した。
 最初の小学校の正門前に着くと、車から降りたフランケンが、細かい場所を測るために持ってきた携帯用の線量計を取り出す。
 「bガイギー」にも使われている米国製の高性能線量計だ。
 地上1メートルの空間線量は毎時1・3マイクロシーベルト。東京タワー周辺の10倍の高さだった。
 その後も、小学校や幼稚園を測っていくと、線量は最も高いところでは2マイクロシーベルトを示した。
 「県のデータより高い。少なくとも低くはねえぞ」
 道すがら、渡邉はそう思っていた。
 日も傾いてきた午後5時半すぎ。フランケンたちは、郡山を後にする。
 この日、「bガイギー」が測定したのは計4587地点にのぼった。
 データは2週間後、グーグルマップ上にまとめて、「セーフキャスト」のホームページで公開した。
 地元の渡邉にとって初めて見る身近な線量データだった。そしてそれは特別な意味があった・・・

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プロメテウスの罠〔61〕 ワゴン車に線量計をつけて
216円(税込)

福島第一原子力発電所の事故後、赤いワゴン車にガイガーカウンターをつけて放射線量や位置情報を記録し、ネットで公開したグループがある。計器は弁当箱のようなケースに収まっていたので「b(弁当)ガイギー」と呼ばれた。東京で低かった線量は、北上するにつれて上がってゆき、福島では、行政が公開していた数値よりかなり高かった。「高いのは高い。でも、このぐらいなんだ」。データを見た案内役の男性はかえって安心した。[掲載]朝日新聞(2015年1月31日〜2月19日、17800字)

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