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世相・風俗
朝日新聞社

奥さまは「風紀委員」 家に居場所なく、さまよったオレ

初出:2007年5月15日〜5月19日
WEB新書発売:2015年4月30日
朝日新聞

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 「夜は静かに」「こたつで寝ないで」。妻の言い分は正しい。だから息が詰まる。仕事場のそばにマンションを借りた。妻から逃げるために――。恋人はいるけれど元夫と同居し、子どものために家族ごっこをする女性。長男の嫁の役割に疲れ、「私を女性として見てくれる」セールスマンにときめく女性。「夫婦の家」をテーマにした五つのストーリー。(年齢、肩書は掲載時のものです)

◇第1章 元夫と同居・恋人あり 子どものため家族ごっこ
◇第2章 80過ぎて再婚 終のすみかで夢見る明日
◇第3章 冷え切った夫との仲、「彼」が現れ心に風が通る
◇第4章 妻から離れて家を転々 心のありか探した末に
◇第5章 交際22年の彼・別居の夫 ともに失い一人きり


第1章 元夫と同居・恋人あり 子どものため家族ごっこ

 窓、窓、窓、窓、窓。
 同じ顔した建物が何棟も並ぶ団地を見あげていると、あんただれ、と、こっちが見られている気さえしてくる。
 10万人が暮らす西日本のニュータウン、午後6時。みそ汁とカレーとせっけんと、いくつものにおいが流れる。
 その一つの四角い窓の内側。玄関を入ってすぐが4畳半、それに6畳間、4畳半の3DK。この小さな世界に刻まれたひびは、目には見えない。
    ◇
 ただの同居人。男をそう思えるようになった。
 離婚した男と子ども3人と、いまもひとつ屋根の下に暮らす40代の主婦。化粧っ気のないショートヘアは少年ぽくて、薄茶色のフレームの小ぶりの眼鏡が似合う。
 4畳半が男の部屋。毎日横を通るけれど、足を踏み入れることはない。平日は一緒にご飯を食べることもない。
 土日だけ儀式がある。5人で焼き肉チェーン店に行く。
 「このミノ、パパのだからな」
 「もう焼けてるよー」
 「とるなぁっ」
 育ち盛りの子どもたちは1人前以上食べ、パパはきまってカルビを追加する。はためにはどこにでもいる家族。5年ほど前に離婚したことは子どもには話していない。友人にも知らせていない。
 離婚届。夫を切り離すのにそれが必要だった。
 高校を出て勤めた会社でパソコンの得意な夫と出会った。浅黒く、相撲とりのような風格があった。仕事のできる人だけれど、お酒を飲むと、どうせオレはひとりぼっちと弱音が出た。母ひとり子ひとりで育っていた。
 ――おかんは水商売を転々とした。借金とりがくるので親類の家へやられた。
 この人のさみしさを埋める、子どものいっぱいいる家庭をつくろう。私ならできる。25歳の若さがあった。
 結婚した日から姑(しゅうとめ)と同居した。おかずひとつにも嫌みを繰り返し言われた。夫は黙っていて、あとから言う。「聞き流せ。おまえが変われ」
 こんなに上からモノを言う人だったの。なぜ味方してくれないの。
 子どもが次々生まれ、ニュータウンに引っ越してきた。団地の10階は風が通り、空が近い。でも、ベランダで姑のパンツを干すたびに気がめいった。ゆるゆるゴムの薄茶色のはき古したパンツ。
 なぜ私が干さないといけないの。
    ◇
 結婚5年、夫に初めて手紙を書いた。便箋(びんせん)5枚にびっしり。朝、玄関で手渡した。
 ――もう息ができない。子どもとあんたと5人できゃっきゃっと笑って暮らしたい。
 深夜、玄関の戸を荒々しくける音がした。泥酔した夫だった。「しょうもない手紙のせいで酒がうまくなかった」。家に入るなり言い捨て、ふて寝した。
 最後の手段と思って書いたのに向き合ってもくれない。家を出ようか。でも小さな子を抱えて生活のすべもない。
 新聞にはさまった求人チラシに目がいった。飲食店の深夜パート。それなら昼に家事ができる。わずかでも自分でお金がかせげる。子どもを寝かしつけて夜10時から朝6時まで、週4回働いた。働きに出てみると、家庭の事情を抱えた主婦パートが何人もいた。ダンナが働かない、塾の費用をかせぎたい、家事の手を抜くなと責められる、と。
 そのうち、15歳年下の無口な学生アルバイトと親しくなった。客の減る午前3時。食器洗浄機がザーッとまわる中、就職の悩みや彼女にふられた話を聞く。母のような感情が恋心に変わった。こんなオバチャン、相手にしてくれるわけがない。でも……・・・

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