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政治・国際
朝日新聞社

ドイツは日本の参考になるか 「わが闘争」再刊で問われる歴史との向き合い方

初出:2015年4月19日〜4月20日
WEB新書発売:2015年4月30日
朝日新聞

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 第2次世界大戦後、発禁状態だったヒトラーの著書「わが闘争」が、ミュンヘンにある公的研究所の手によって再刊されようとしている。州政府は刊行されれば告訴すると警告するが、過去の事実の直視のためにも刊行すべきだとする意見もある。背景には、ドイツが「過去の克服」を十分にしたかどうか、という点についての認識の相違がある。ドイツは日本のモデルになりうるだろうか? ドイツ国内外の動きを追いかけた。

◇「わが闘争」出版か封印か
◇米に「敵国、日本」の記憶


◇「わが闘争」出版か封印か

 一冊の本がドイツで論争を巻き起こしている。
 ヒトラーの著書「わが闘争」(※)。戦前のドイツで反ユダヤ主義をあおり、ナチスのイデオロギーの柱になった。戦後は一貫して国内での出版は許されてこなかった。その禁書が2016年早々、封を解かれ世に出る。
 ナチス発祥の地、バイエルン州ミュンヘン。復活祭休暇の15年4月3日、かつてナチスが旗揚げ集会を開いたビアホール「ホーフブロイハウス」は、国中から集まった客でにぎわっていた。
 「あんな本を世に出したらドイツの恥だ」「ウソだらけの内容で、もはや何の影響力もない」。客たちに話題を振ると、口々に感想を述べた。
 「わが闘争」は戦前に1千万部以上が出版された。戦後は著作権を持つバイエルン州が出版を禁じてきたが、ヒトラー死後70年の15年末、著作権が切れる。
 ミュンヘンにある公立「現代史研究所」は12年から本の出版準備を進めてきた。ヒトラーの主張の誤りを指摘する注釈を本文の倍以上つけたもので、他ならぬバイエルン州との共同計画だった。
 ところが、州は一転して態度を変えた。
 13年秋に州幹部がイスラエルを訪問。その直後、協力関係を一方的に破棄した。「ユダヤ人の犠牲者への配慮」が理由だった。
 研究所は「極右による悪用を防ぐためにも、『適切な版』が必要」と単独で作業を継続。16年1月にまず5千部を出すと決めた。
 バイエルン州は、「わが闘争」の出版があれば民衆扇動罪で刑事告発すると牽制(けんせい)する。ナチスによるユダヤ人らの大量虐殺(ホロコースト)を許したドイツでは、民主主義を守るために、人種差別をあおるような表現を刑罰で禁じている。14年夏には他州にも刑事告発を提案し、一致して出版を阻止する方針を決めた。
 「人種差別的で扇動的なこの本の出版は犯罪。ドイツには歴史への特別な責任がある」。州法務省の首席報道官ウルリケ・ロイダー(35)はそう言い切る。
 一方、緑の党の州議会議員ゼップ・デュア(61)は危惧する。「有害図書扱いは逆に負の魅力を与える。ドイツは周辺国との和解を進め、過去の克服も成し遂げた。成熟した民主国家に禁書はあるべきではない」
 侵略とユダヤ人虐殺という負の歴史を直視し教訓を得ることは、戦後ドイツのコンセンサスだった。「だから、それを否定するものには過敏すぎるほどに反応してきた。でも、それは国が歴史を握っているという不健康な面もある」。出版計画を進めてきた研究所教授のクリスチャン・ハルトマン(56)はそう語る。
 「歴史への責任」を誰が、いつまで背負うべきか。一冊の書物が70年の時間を超えて問いかけている・・・

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