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教育・子育て
朝日新聞社

「第2の羽生」をめざす子どもたち 名人が通った将棋クラブ

初出:2015年5月14日〜5月17日
WEB新書発売:2015年5月28日
朝日新聞

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 将棋の羽生善治名人ら多くのプロ棋士が子どもの頃に通っていた東京都八王子市の「八王子将棋クラブ」。「ここに行かなかったら今の私はなかった」と言う羽生名人は、今では年に1度はクラブで子どもたちを指導している。一方、近年、急速に広まっているのがインターネットでの将棋対局だ。「24時間いつでも将棋ができる今の子どもがうらやましい」(羽生名人)。「第2の羽生」をめざす子どもたちの姿を追った。

◇第1章 ゲームより「羽生2世」
◇第2章 顔が見えなくても真剣勝負
◇第3章 家族そろって、わいわい対戦
◇第4章 「まさかの負け越し」糧にして


第1章 ゲームより「羽生2世」

 パチ、パチ、パチ。
 白髪の交じった年配の男性と、小学生の男の子が将棋盤を挟んで向かい合う。「お願いします」。一礼した後、駒を打つ音が部屋に響いた。
 東京都八王子市にある「八王子将棋クラブ」。雑居ビルの3階に雑然と将棋盤とパイプ椅子が並ぶ。窓に貼られた粘着テープは看板代わり。「将棋」と読める。どこにでもあるような将棋クラブは、全国有数の名門として知られる。
 七冠を独占した将棋界の第一人者、羽生善治(はぶよしはる)名人(44)。女流二冠の甲斐智美女流棋士(31)。人間とコンピューターの戦い「電王戦」に、2015年の棋士代表として出場した阿久津主税(ちから)八段(32)と村山慈明(やすあき)七段(31)。若手ながらタイトル戦にも出場する中村太地六段(26)……。みんな、幼い頃にこのクラブで腕を磨いた。輩出したプロ棋士は10人を超える。羽生名人は「ここに行かなかったら今の私はなかった」と言う。恩返しとして年に1度はクラブで子どもを指導している。


 クラブの常連約350人のうち、半数ほどは小学生だ。高齢者が中心の他のクラブとはずいぶん違う。夏休みは各地から子どもたちがやって来る。そして、「羽生さんみたいになりたい」と口をそろえる。
 14年秋、クラブ出身の新たな棋士が誕生した。増田康宏四段(17)。都内の通信制高校に通う現役最年少の男性棋士だ。


 5歳で将棋を覚え、小学校に入る頃には両親では相手にならなくなった。「もっと強い人と将棋をしたい。羽生さんが通った道場に僕も行く」。週末は東京都昭島市の自宅から父の運転で30分かけてクラブに通い、午前8時から午後5時まで1日10局ほど指した。年長者をも打ち負かす達成感は学校では味わえなかった。
 ゲーム機は買ったことがない。テレビもあまり見ない。学校から帰るとすぐに詰将棋の本に向かう日々だ。勉強は得意だが、自分が良い大学に入って勉強で結果を出すのはずっと先のことに思えた。学んだ分だけすぐに結果を出せる将棋は、楽しい。
 小学4年生のとき、羽生名人が指導対局でクラブを訪れた。実力差のある対戦の場合、差に応じて強者が持ち駒の一部を取り除く「駒落ち」というハンディがつく。そこで角落ちの羽生名人に勝利した。「雲の上の存在だった羽生先生に勝てた」。翌年、プロ棋士の養成機関である奨励会に入った。
 プロになれるのは基本的には年間4人だけの狭き門。そんな中でリーグ戦を勝ち抜き、中学3年時にはプロ入りにあと一歩の所までこぎつけた。中学生で棋士になったのは、過去に羽生名人ら4人しかいない。緊張からリーグ戦最終日の対局に完敗した。毎回上位に入るものの、ここ一番で勝ちきれない。
 そんな状況を変えてくれたのが、クラブを運営する八木下征男さん(72)の存在だ。「君がプロになるまで見守り続けるから」「第二の羽生君になれる」。いつも励まされた。「開き直ってのぞめた」という14年のリーグ戦でプロ入りを決めた・・・

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