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世相・風俗
朝日新聞社

熟年の恋、京都旅行へ 人生こんなに楽しいなんて

初出:2008年2月26日〜3月1日
WEB新書発売:2015年6月4日
朝日新聞

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 退職して半年ほど、碁会所で一人の女性が気になりだした。「そんなことしていじめんといて」。独特のなまりの交じった言葉で周りを和ませながら打つ彼女と対局するときは正直、うれしかった。出会って2年、思い切って泊まりがけの旅行に誘った。京都へ2泊3日、彼女と一緒の時間は甘く楽しかった――。80代の親連れでデートを重ねるカップルなど、人生の終盤に向かいつつ、恋にときめく男女の姿を描く。(年齢、肩書は掲載時のものです)

◇第1章 58歳新婚。61歳彼とのデートは親同伴
◇第2章 70歳男性。離婚後、碁会所で最初で最後の恋
◇第3章 妄想が「生」の源。エゴだけどぬくもり感じたい
◇第4章 手製羊羹にジャム…彼が繰り出すサプライズ
◇第5章 私の思いを、夫が形に。ときめき戻った雛まつり


第1章 58歳新婚。61歳彼とのデートは親同伴

 行き先は温泉だったり、潮干狩りのできる浜辺だったり。2007年の春は桜を見に出かけた。運転するのはたいてい彼氏で、彼女が座るのは運転席の後ろだ。助手席は彼の父親、彼女の左隣は彼女の母親、その隣が彼の母親と席が決まってきた。
 千葉に暮らす58歳の女性と、61歳の彼氏。みんな80代に届いてしまった親3人を連れた5人の旅は、親の足元を気遣いながらの道行きながら、不思議と居心地がいい。ずっと独身だった女性が初めて結婚を意識したのはそんな「親連れデート」を重ねたからだった。
 「別に結婚したくなかったわけじゃないのよ。好きなことやっていて、気がついたら1人だっただけ」
 市原きみ子さんは早口でケラケラッと笑う。笑いじわは深いが、年より若く見える。身のこなしの軽さと、好奇心を漂わせる両目のせいだ。
 20代は、音楽関係の会社で、電子オルガン講師の仕事に夢中だった。30代は、趣味の山登りが高じてインド、ネパールを放浪し、民族楽器を集めた。40代は一転、三味線に目覚め、フリーになってけいこに励んだ。
 「自立する女」「跳んでる女」と呼ばれた時期があった。団塊の世代でもある。「結婚しない女」の走りだったし、未婚で子どものいないところは「元祖 負け犬」なのかもしれない。縁がなかったわけでなく、彼女の方から「結婚したい」と思える相手に出会わなかったのだとしても。
 自分を知ってもらおうとすると必ず、放浪の話題になった。今ほど自由にあちこち旅行できない時代に「世界中を旅した女性」。そんな紹介を聞くと、「僕なんか尾瀬に行ったくらいかな、ははは……」と相手はひいた。
 「男の人は、自分の後ろを歩く『ふつうの女の人』が好きなんだ」と思った。
 50歳のとき、「気楽な一人暮らし」が一変した。父親が認知症の症状を見せるようになり、母親の介護疲れもひどくなった。千葉市のアパートを引き払い、畑に囲まれた実家に戻った。
 初めての本格的な家事と介護がいっぺんに自分にのしかかった。あんなに優しくてしっかりしていた父親が、近所を徘徊(はいかい)する。冷蔵庫のものを確かめずに食べる。「早く楽になりたい」と思う自分を、もう一人の自分が責める毎日。気晴らしにフランス語サークルに入った。精神的ダメージを癒やそうと年に1度は山にも登った。だが、出口が見えないトンネルを歩いているようだった。
 そのころ、妻に先立たれた年上の彼と知り合った・・・

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