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文化・芸能
朝日新聞社

美しい執念を持て 「人間の証明」「悪魔の飽食」の作家・森村誠一の原点

初出:2015年5月16日〜5月30日
WEB新書発売:2015年6月18日
朝日新聞

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 「みんな窒息死しているから顔がきれいでね。あ、◯◯さんだ、◯◯ちゃんも死んでる」……1945年8月14日深夜、小学生だった森村誠一の住む埼玉県熊谷市を、数十機のB29が襲う。市街地は一面の焦土に、市内の川は遺体であふれた。しかし、この空襲に先立ち、日本は既に無条件降伏受け入れを伝達していた。「全く必要がないのに、なぜ熊谷を爆撃したのか」。戦争の不条理を殺される側から体験したことが、作家としての背骨となった――。自動車部品会社、ホテルマンを経て作家になり、「人間の証明」「野生の証明」「悪魔の飽食」などヒット作を飛ばした森村誠一の創作の原点に迫る。

◇第1章 原点に熊谷空襲の不条理
◇第2章 「立ち腐れ」の焦燥感
◇第3章 10万円の防弾チョッキ


第1章 原点に熊谷空襲の不条理

 東日本大震災に原発や宗教団体を絡ませた森村誠一(82)のミステリー『祈りの証明』は、2014年2月に出版された。
 主人公は長井創次(ながいそうじ)という中年のカメラマン。彼に棟居(むねすえ)、牛尾らの刑事を絡ませながら謎を解くのだが、物語に奥行きを与えているのが現場のありさまだ。三陸の情景や被災地の現実、避難所……。映像が目に浮かぶというより、においまで伝わってくるような空気感がある。
 取材に当たり、森村はカセットテープレコーダーを持っていった。気がついたことを自身で吹き込むし、ちょっとした現場の音を録(と)る。小鳥のさえずりも録れば、風の音も録る。現場の雰囲気を音で丸ごと取り込んでいく。
 「ほかにはいないですよ、あのような取材をする作家は」。出版元のKADOKAWA第二編集局長、永井草二(ながいそうじ)(53)がため息をつく。会長の角川歴彦(つぐひこ)(71)と一緒に永井は森村の取材に同行し、その手法に驚いた。「果敢に取材するのではなくて、街と一体になり、人と一体になる。そんなスタイルだと思います」
 永井は20年前から森村の担当編集者を務めている。森村を語りながら、永井がちらり。「主人公の名前、実は私なんです」。長井創次と永井草二。森村は主人公に永井の名をつけていた。
 永井が担当になったとき、森村はベストセラー作家の位置にいた。しかしその道が一直線だったわけではない。
 1933(昭和8)年1月、戦争への足音が大きくなる中で森村は生まれた。
 生まれ育ったのは埼玉県熊谷市。父親は足袋屋をたたみ、個人タクシーを営んでいた。家には本がたくさんあった。本ばかり読んでいて小学校(国民学校)の成績はふるわなかった。森村が言う。
 「本が好きで勉強しなかったんです。勉強しないから熊谷中に入れなくて、熊谷商に入って。今にして思えばそれがすごくよかった。雰囲気が自由だった」
 とはいえ時局は戦争末期。校門で待つ上級生に鉄拳制裁を受けたこともある。悔しかったなあ、と振り返る。
 「『金色夜叉』を学校に持ち込もうとして見つかったんですね。『この非常時にこんな文弱なものを』と。そのとき上級生が金色夜叉をキンイロヨマタって言って。それを聞いてクスって笑ったもんだからぶん殴られたんですよ」

○○ちゃんも死んでる
 入学4カ月後の45年8月14日深夜から15日未明、熊谷は空襲に襲われる。
 「父親は勘がいいんです。『火に囲まれてるよ』って言うと、『通りの真ん中を突っ切ったら大丈夫だ』」。幸い、そっちは火の手が弱かった。家族みんなで郊外まで走って逃げ、命を拾う。朝、市街地は一面の焦土になっていた・・・

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