【お知らせ】WEB新書は閉店しました。

社会・メディア
朝日新聞社

男一匹、アロハで米作り 渋谷育ちの記者が農夫修業

初出:2014年6月19日〜11月5日
WEB新書発売:2015年7月9日
朝日新聞

このエントリーをはてなブックマークに追加

 アロハシャツにテンガロンハット、サングラス姿。「百姓は麦わら帽とぉ! そいじゃ指名手配の犯人たい」と師匠に怒られる東京・渋谷出身の記者。音楽取材が長く、NYにも赴任。都会しか知らなかったが、思うところあって長崎県諫早市の集落で米作りに挑戦した。日中はライター仕事、早朝の1時間だけ田んぼに立ち、それで一年分、男1人が食う米を収穫できないか…自分の体を使って実験した結果は。

◇第1章 1年坊、まぬけ農夫の挑戦/男一匹1年間、食えるか――長崎で米作り
◇第2章 不格好でも並んだ苗、泣ける/何度も農機埋まり、師匠が怒鳴る
◇第3章 孤高気取りじゃ稲は育たぬ/つながり第一、余り水もらう―「水争い」の巻
◇第4章 調和でつくる「てめえの米」/新技「中干し」イケメン指導員が伝授―農薬の巻
◇第5章 長雨、青い稲穂に黄信号/農夫の心得、援軍「ボニー」に学ぶ―冷夏の巻
◇第6章 不器用、実った稲ぶっ倒し涙/農機具が言うことを聞かない―稲刈りの巻
◇第7章 ど素人にも輝く米85キロ/最後に台風、ネタなんかいらない―脱穀の巻


第1章 1年坊、まぬけ農夫の挑戦/男一匹1年間、食えるか――長崎で米作り

 「その格好でやるんか? ヒャッハッハハ」
 師匠が笑っている。まあ、笑ってくれ。野球帽の下に白い防虫ネット。派手な柄シャツに、ゆるキャラみたいな巨大な長靴(サイズ29センチ)。
 九州の西端に近い長崎県諫早市の、飯盛と呼ばれる集落にいる。ごく狭い谷に小さな田んぼが段々に並ぶ山村だ。ここの田んぼを二畝借り、米を作ろうとしている。
 ふたせ、と読む。1反の5分の1だから約2アール。25メートルプールの約4分の3といえば分かってもらえるだろうか。



◎センター街育ち
 分かってもらえるだろうかって、自分が一番、分かってない。東京・渋谷生まれのセンター街育ち。記者になってからは文化ニュース担当や雑誌が長く、ニューヨークにも、いたっけか。「田舎暮らし? スローライフ? なんのこっちゃ」な生活態度で、50年生きてきた。
 土いじりなんてとんでもない。虫がいるじゃないか。雨上がり、道でミミズに遭遇すると体が硬直する。それがなんでまた、ミミズの巣窟、カエルの王宮、ヒルの待合室なんかに足を突っ込むのか。
 2013年末、長年つきあいのあるフリーのカメラマンから電話があった。「雑誌がバタバタつぶれてる。カメラ、やめようかな」というSOS。フリーライターや編集者も同様だ。実家で家業を継いだり、コンビニでバイトしたり。バイトのつもりが忙しすぎて、いつしか本業になってたり。
 ひとごとではない。中高年の肩たたきは日常風景。正社員でいたいと「ブラック」企業で酷使される若者も多い。夢をあきらめ、「食う」ために自分の人生を売り渡す。それも立派だと思う。思うが、生きるための選択肢ってそれしかないのか?
 もたげる疑問が日々大きくなり、とうとう地方の1人支局への転勤を希望した。今まで通りライターとして働く。加えて朝のほんの1時間、田んぼを作る。それで男一匹が1年間「食う」だけの米を収穫できないかと考えた。



◎すぐに現実の壁
 異動が決まると、頭の中だけの計画はすぐ現実の壁にぶち当たった。まず水田を借りなければならない。その方法はネットには載ってない。一軒ずつ農家の玄関をたたこうか。だが、音楽取材が長くてロックンローラー気取り、夏はアロハ、冬は派手な柄シャツしか着ない男がいきなり現れたら、犬をけしかけられるのがオチじゃないか?
 求めよ、さらば与えられん。
 14年4月、長崎の新しい職場に「義父が、家族の食べる分だけの米作りをしている」という女性がいた。すがりついて頼み込み、東京土産の虎屋の羊羹(ようかん)を片手に飯盛の集落を訪れた。そうして出会ったのが67歳の師匠だった。
 焼け焦げた肌が赤銅色に光る。がたいがいい。家に上げてくれた。思えば手前勝手な私のたくらみを、黙って聞くこと30分。「そいでどんだけ耕すと?」「男1人1年分ですから1反ぐらい?」。適当言っている。田んぼの単位を「反」しか知らないから。
 「いらん、いらん。まあ二畝で十分たい」「貸してくれる農家さん、いますか?」。師匠、半笑いしながら腰を上げた。「新聞記者はずうずうしいけん。ばってん、どこまで続くばいねぇ」
 変なやつの、変な話を、面白がってはくれたらしい。
 師匠にくっついて、地主の大奥様(78)から田んぼを借りられることになった。農家だったおじいさんが亡くなり3年前から耕作放棄地になっている。だから、ただで貸してくれた。日本列島、いまや耕作放棄地が少なくない。飛び込めばチャンスはある。
 張り切ってさっそく翌朝から、まずは草刈りだ。草刈り機は師匠が貸してくれる。軍手、長靴、それから、草などの飛散物が目に入らないよう顔を守る「お面」を用意しておくように命じられた。
 いまならそれが「ヘル面ガード」と分かるのだが、なにせど素人。ホームセンターで養蜂家が使うようなネット頭巾を買ってきてしまった。記事冒頭、1年坊まぬけ農夫の一丁上がりだった・・・

このページのトップに戻る