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文化・芸能
朝日新聞社

浅草はなぜ世界の人々を引きつけるのか 1400年の歴史を持つ街の底力

初出:2015年6月4日〜6月25日
WEB新書発売:2015年7月9日
朝日新聞

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 浅草の歴史は約1400年前に遡る。飛鳥時代の628年、隅田川の漁師が隅田川から引き上げた観音像を寄進したのが浅草寺の始まりだ。浅草の魅力は、このように長い歴史を持ち、国際的な観光地であり、数々の芸人を生み出してきた芸能の街でありながら、気取らない庶民性を保ち続けていること。世界の観光客を魅了してやまない摩訶不思議な浅草の魔力を探る。

◇第1章 おせっかいが心地良い
◇第2章 神輿の熱気、守りつなぎ700年
◇第3章 元気くれる、芸人の「ホーム」
◇第4章 古く、狭く、楽しい「花やしき」


第1章 おせっかいが心地良い

 赤い大提灯(ちょうちん)が、南風にゆらりと揺れる。
 東京都台東区、観光客でにぎわう浅草寺の雷門。東の空に開業から丸3年が過ぎた東京スカイツリー(墨田区)がそびえる。
 「スカイツリーができて外国人がすごく増えた」。歌手の辻香織さん(34)の前を、観光客を乗せた人力車が行き交う。
 浅草生まれ、浅草育ち。浅草寺のそばで薬屋を営む実家で暮らす。高校を出るまで、おはやしの稽古に通った。この街に初夏の訪れを告げる三社祭では、はんてんに鉢巻き姿で太鼓をたたき、神輿(みこし)をかつぐ。


 父親は酔うとフォークソングを口ずさんだ。自然と音楽が好きになった。中学生の時、近所の扇子屋のおじさんに連れられ、コンサートに行った。タレントのなぎら健壱とフォークシンガーの故・高田渡の軽妙なトーク。観客がどっと沸く。「落語家みたい」
 2003年、高田のヒット曲「コーヒーブルース」をカバーし、メジャーデビューした。今、なぎらとラジオ番組で共演している。不思議な縁だ。
 辻さんが浅草寺の脇道を入った公園を指さし、笑った。「ちっちゃい頃、鐘つき堂の穴から出られなくなって大騒ぎしたんです」。あの時、大人たちが穴から助け出してくれた。
 浅草にはおせっかいが多いと思う。《かおちゃんが男の子と公園にいたよ》《ピアス、開けたの?》。すぐ家族の耳に入った。なんて窮屈な街だろう。思春期にはそう思っていた。
 今は、おせっかいが心地良い。「今日はどこ行くの?」「頑張ってよ!」。ギターを背負って出かける自分を、街のみんなが応援してくれる。
 雷門をくぐり仲見世へ。250メートルほどの通りに約90店が軒を連ねる。あられ、雷おこし。人形焼きの甘い香り。本堂が近づくと、お香の匂いがしてくる。
 浅草が載っていない東京の観光ガイド本はない。でも、自分にとっては小さな街だ。「心が休まる。あったかい」


◎役者・芸人生んだ「六区」つながる緑
 #煮込みしかないくじら屋で――。ビートたけし作詞・作曲の歌「浅草キッド」に出てくる「くじら屋」は、浅草六区通りにあるくじら店「捕鯨船」だ。
 店主の河野通夫(こうのみちお)さん(69)は名古屋市出身。俳優を志して上京し、浅草・松竹演芸場で人気を集めた「デン助劇団」に入った。夢半ば、「捕鯨船」を開いたのは1977年。ここに通った無名の若手芸人の中に、たけしがいた・・・

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