【お知らせ】WEB新書は閉店しました。

文化・芸能
朝日新聞社

「僕は時代とは寝ない」 色あせない山下達郎

初出:2015年8月8日、8月22日、8月29日
WEB新書発売:2015年9月10日
朝日新聞

このエントリーをはてなブックマークに追加

 山下達郎の代表曲といえば「クリスマス・イブ」。190万枚を超えるロングセラーで、29年連続でオリコンチャート100位入りを記録。息長く聴き継がれるのは、流行を追っていないことが大きいという。「僕は時代とは寝ない。いつ作られたのかわからないような曲こそが理想です」。トレンドとは無縁の、色あせない音楽を追求してきた40年。

◇第1章 色あせない音楽を追い求め
◇第2章 引退すら考えた「空白の3年」
◇第3章 「CD冬の時代」ライブに活路


第1章 色あせない音楽を追い求め

 山下達郎(62)が率いた伝説のロックバンド「シュガー・ベイブ」。その1975年のデビューアルバム「SONGS」が2015年8月5日、音質を一新して40周年記念盤としてリリースされた。通算9回目の再発売にあたる。収録曲のひとつ「DOWN TOWN」は、これまでにEPOや荻野目洋子らが取り上げ、15年もSHANTIがカバーするなど、息長く歌い継がれてきた。「いつまでも色あせない音楽を作る」。それこそ山下が、キャリアを通じて追求してきたことだ。
 音楽にのめりこんだのは中学生時代。ブラスバンド部でドラムを学んだ。ベンチャーズでロックに魅せられ、2年の時に同級生らとバンドを組む。バンドは大学進学などで解散状態になったが、形に残そうと72年、仲間とレコードを自主制作した。ビーチボーイズなどをカバーして100枚プレス。それを置いてもらおうと訪ねた東京・四谷のロック喫茶で、山下は大貫妙子(61)と出会い、シュガー・ベイブ結成へと動く。一方、高円寺でロック喫茶を営む和田博巳(67)が店で同じレコードをかけたのをきっかけに、その評判が大瀧詠一にも届き、後のデビューへの伏線となった。和田は「ビーチボーイズの雰囲気を伝える歌声に驚いた」と、当時聴いた印象を語る。
 シュガー・ベイブ結成は73年。9月、大瀧の「はっぴいえんど」解散コンサートを手伝い、コーラスワークが注目された。それが縁で入った音楽事務所だったが、給料未払いのまま倒産してしまう。
 困窮した山下は、CM音楽の仕事などで食いつなぎ、ライブハウスや学園祭などに出演を続けた。当時の音楽シーンは同じロックでもブルースに根ざした泥臭いサウンドが全盛の時代。シュガー・ベイブの都会的であか抜けた曲調は特異な存在で、観客から「ノレない」とブーイングを受けることもたびたびだった。
 山下には、日時をそらんじているほど記憶に残るステージがある。74年5月11日。京都のライブハウス「拾得(じっとく)」に出演した日だ。演奏の合間に曲紹介を始めると、最前列で居眠りをしていた客に「もうやめぇ。お前ら京都に来るな」とヤジられた。めげずに演奏を続けたが、男はまた居眠り。大貫は「よく最後までやり切ったものだ」と振り返る。終演後に楽屋で落ち込んでいた山下は、聴きに来ていたギタリストの山岸潤史(62)に慰められた。「この店で一番怖い外人客がノリノリやった。だから心配あらへん・・・

このページのトップに戻る