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朝日新聞社

プロメテウスの罠〔63〕 桟橋のオイルマン

初出:朝日新聞2015年3月7日〜4月9日
WEB新書発売:2015年10月1日
朝日新聞

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 小名浜港(福島県いわき市)は、東京電力・福島第一原子力発電所の南方約60キロにある。東日本大震災の日、沖合の桟橋にいた小名浜石油の男性社員は大きな揺れに襲われたが、逃げ場はない。危険を覚悟で桟橋に残ることを決めると無線が入った。「大津波警報が出たので避難してください」。さらに原発に近い東電広野火力発電所にいた社員もいる。小名浜石油は三菱商事系の企業だが、最大の顧客である東電からも出資を受ける。社員たちの動きを追った。

◇第1章 危険でも桟橋に残る
◇第2章 手動で閉めたバルブ
◇第3章 決めていた津波対応
◇第4章 被害防いだベテラン
◇第5章 浸水した火力発電所
◇第6章 両親は無事だった
◇第7章 「火力は期待できる」
◇第8章 急上昇した放射線量
◇第9章 平常値の400倍に上昇
◇第10章 屋内退避めぐり混乱
◇第11章 街から人影が消えた
◇第12章 不安げな顔あちこち
◇第13章 消防車貸してほしい
◇第14章 「そろそろ限界だ」
◇第15章 認められた自主避難
◇第16章 目頭が熱くなった
◇第17章 「逃げたら終わり」
◇第18章 「ガソリンを」直談判
◇第19章 「東京」も動いた
◇第20章 断る理由なくなった
◇第21章 埼玉からとんぼ返り
◇第22章 県税事務所から電話
◇第23章 タイベックの防護服
◇第24章 約束のファクス
◇第25章 満載ローリーに拍手
◇第26章 戦後支えた常磐炭田
◇第27章 閉山とフラガール
◇第28章 消えていった砂浜
◇第29章 衝撃だった石油危機
◇第30章 原発「ピンとこない」
◇第31章 バブル崩壊の末に
◇第32章 急場支えた石油火力
◇第33章 「最後の砦」の自負
◇第34章 責任感は炭鉱以来


第1章 危険でも桟橋に残る

 見上げると、直径40センチのパイプが、右に左に振り子のように激しく揺れている。
 2011年3月11日、福島県いわき市、小名浜港。
 小名浜石油社員、皆川昭紀(みながわあきのり)(59)は沖合1・6キロの桟橋に一人でいたところを大地震に見舞われた。
 目の前には10万トンタンカー。インドネシアから原油を運んできた。
 その原油を、甲板上の送油口から海底パイプラインを通し
て陸上のタンクに送る作業に就いていた。
 パイプは2本。高さ20メートルのところで「く」の字の形に曲がっている。それが右に45度、倒れかけては戻り、左に45度、倒れかけては戻る。
 パイプの中を通る原油は、陸上に着くまでの間に冷えて固まらないように船内で60度に加熱されている。
 もしパイプが切れたら、それが頭上から降り注ぐことになる。
 皆川が立つ「シーバース」と呼ばれる桟橋は、海上に孤立している。危険物を満載したタンカーを安全に接岸させるためだ。逃げたくても、とっさの逃げ場はない。
 それに、このとき陸上のタンクとタンカーの船腹はパイプでつながっている。パイプが外れたり折れたりしたら、油を海にまき散らす。
 陸側から油が逆流してきたり、引火したりしたら、もっと大変なことになりかねない。
 どうする――。
 海底パイプラインの先の陸上に大小46基のタンクがある。総容量は156万キロリットル。
 「関東以北の太平洋岸では、唯一の大型石油流通基地であり、石油の安定供給に果たす役割は大きい」
 会社案内のパンフレットには「電力会社向け原重油」の見出しの下にそう誇らしげに記されている。
 設備を守らなければならない。
 危険を承知の上で、桟橋に残る。皆川はそう決めた。バルブを閉め、パイプを切り離すのだ。
 タンカーの上にも、同僚がひとりいた。田山清(たやまきよし)(58)。
 「荷役(にやく)停止、お願いします!」と声を上げている。
 そこにトランシーバーで陸上から連絡が入った。
 「大津波警報が出たので避難してください」
 津波が近づいていた・・・

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プロメテウスの罠〔63〕 桟橋のオイルマン
216円(税込)

小名浜港(福島県いわき市)は、東京電力・福島第一原子力発電所の南方約60キロにある。東日本大震災の日、沖合の桟橋にいた小名浜石油の男性社員は大きな揺れに襲われたが、逃げ場はない。危険を覚悟で桟橋に残ることを決めると無線が入った。「大津波警報が出たので避難してください」。さらに原発に近い東電広野火力発電所にいた社員もいる。小名浜石油は三菱商事系の企業だが、最大の顧客である東電からも出資を受ける。社員たちの動きを追った。[掲載]朝日新聞(2015年3月7日〜4月9日、32500字)

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