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社会・メディア
朝日新聞社

輪禍の現実 交通事故に破壊された人々の人生

初出:2015年9月6日〜9月12日
WEB新書発売:2015年10月1日
朝日新聞

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 「心に重荷を背負って生きるのはつらくないですか? 生きているなら、今すぐ自首してほしい」。サッカー好きの一人息子をひき逃げで殺された母親は訴える。夫を病気で亡くし、2人だけで生きてきた人生は、突然、奪われた。「(交通事故で)亡くなった方の供養がしたい」と僧侶になった元交通警官は、31年間のキャリアの中で目撃した悲惨な事故現場が忘れられない。大型トラックにはねられ、重度の高次脳機能障がいとなった37歳の男性は、知能指数33で日常生活にも支障をきたす。自転車と衝突し、脳挫傷、頭蓋骨亀裂の傷を負った72歳の女性は、コップとリンゴの区別すらつかない。飲酒運転事故の被害者の家族は、警察や検察、取材の記者の対応で、生活が崩壊した――。自動車事故は、被害者、加害者、家族すべての生活を破壊する。そんな悲惨な実態を克明に追ったルポ。

◇第1章 [喪失]09年熊谷ひき逃げ小4死亡
◇第2章 [祈り]悲惨な現場、心痛め僧侶へ転身
◇第3章 [隠忍]婚約破棄申し入れ・職場を解雇
◇第4章 [契機]自転車にはねられ、72歳妻に障害
◇第5章 [悔恨]横断者はね死亡させた男性
◇第6章 支え 自らの経験元に講演や情報提供


第1章 [喪失]09年熊谷ひき逃げ小4死亡

2人家族、子を奪われた母/犯人へ「つらくない?自首して」
 母一人、子一人の平穏な生活が一転した「9月30日」が今年も近づいた。あれから6年。小関代里子さん(47)は、行方の知れぬひき逃げ犯に訴える。「心に重い荷物を背負って生きるのはつらくないですか? 生きているなら、今すぐ自首してほしい」
 事件は2009年9月30日午後6時50分ごろ、埼玉県熊谷市本石1丁目の市道で起きた。書道教室から自転車で帰宅途中だった、小学4年の孝徳君(当時10)が車にひかれて死亡した。


 サッカー少年だった孝徳君が心待ちにしていたJリーグ浦和レッズの試合が3日後に控えていた。お弁当に孝徳君の好物を入れようと、代里子さんはスーパーで梨を買って帰宅した。だが、あるはずの青いマウンテンバイクはなく、部屋は真っ暗なままだった。
 孝徳君が4歳の時に病気で夫が急死。代里子さんは家計を支えるため忙しく働いた。孝徳君はそんな母を気遣う優しい子だった。父がいない分、寄り添い、助け合わないといけない。「2人しかいない」が合言葉だった。



 事故翌年の10年の法改正で、自動車運転過失致死罪の公訴時効が5年から10年に延びた。ひき逃げ犯を捜査する時間は増えた。だが、代里子さんは時間の経過とともに、事件の風化を感じ、苦しむようになる。
 自分の喪失感は今も変わらない。でも、周囲の人たちの事件の記憶は薄れた。むなしい気持ちにさいなまれ、ストレスなどから頭痛やめまい、手足のしびれが出た。15年6月、10年間勤めた会社をやめた。
 一方で、救いとなっているのは孝徳君を忘れていない人々の存在だ。事件後、現場周辺に立ち、通行車両のナンバーを書き留める活動に、孝徳君の同級生の母親らが参加してくれた。これまで県警に提出したリストは延べ約5万台分。14年の命日は同級生ら約80人が自発的に集まってくれた。
 サッカーチームで仲間だった中村悠人さん(16)は事件後、「警察官になる」と心に決めた。小学校の卒業文集にもそう書いた。「事件はまだ終わっていない。必ず解決して、他にも困っている人を助けたい」。今でも、その思いは変わらない。
 代里子さんの記憶の中の孝徳君は小さいまま。成長した同級生たちの姿を見ても、もう孝徳君の面影を追うことはない。それでも、代里子さんはこう感じるという。「みんなの心の中に自然と孝徳がいる。そんな気がするんです・・・

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