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朝日新聞社

風の電話は心でします 被災地の白い電話ボックスは何を伝えたのか

初出:2015年9月1日〜9月8日
WEB新書発売:2015年10月1日
朝日新聞

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 「母さん どこにいるの? 親孝行できずにごめんね あいたいよ 絶対みつけて お家につれてくるからネ」――。東日本大震災で市街地が壊滅した岩手県大槌町。海岸を見下ろす山の中腹に広がる、広大な英国式庭園に、白い電話ボックスが立っている。中には電話線のつながっていない黒電話と、筆書きの詩。「風の電話は心でします」。会えない人に思いを伝えるため、佐々木格さん(70)が作ったものだ。その後、被災者も含め、1万6千人もの人々を「電話」はなぜ呼び寄せたのか。心の復興が進まない被災地の人々に寄り添いながら、「場の力」の秘密を解き明かす。

◇第1章 被災地との差に違和感
◇第2章 被災地から一瞬の解放感
◇第3章 魅力は解き明かせた、でも…
◇第4章 思いの音叉が共鳴する
◇第5章 「心の風景」の差なのか
◇第6章 えたいのしれない自由な便り


第1章 被災地との差に違和感

 2011年4月末、私はこの庭を見つけました。
 東日本大震災で市街地が壊滅した岩手県大槌町で取材を始め、1カ月が経っていました。遺体が埋まるがれきの山。津波が引き起こした火事で焼けた建物。水産加工場から流れて腐った魚のにおい。海風にあおられて巻き上がる砂。避難所で5千人が暮らし、家族の遺体を捜しに安置所を巡り、見つかったことを「よかった」と喜び合うのがあいさつ代わりでした。
 家族を失って悲しいとか、それでも負けないとかいう記事はもういらない。町や人が、どう復興していくか書きたい――。そう思って東京から来てはみましたが、とてもそんな状況ではありません。
 そんな時、海を望む鯨山に「世捨て人」のごとく住み、庭をせっせと造っている人がいると聞きました。曲がりくねった山道を上ると、そこは別世界でした。千坪を超す敷地に、英国風の庭が広がっていました。長身で浅黒く彫りの深い顔をした佐々木格(いたる)さん(70)が、黙々と手入れをしていました。
 部屋のテーブルには、明かりをともす蜜蝋(みつろう)がありました。どこも停電していたので、友人にも配ったそうです。震災当夜から降った雪は、球状に固めて塩をふり、冷蔵庫に入れて生ものが腐らないようにしていました。まき風呂も植物の温室の中に造っていました。「ここに電気の復旧工事が来るのは最後だろう」と、手を打っていたそうです。
 佐々木さんは、岩手県釜石市の都市部から鯨山に移り住んで12年になっていました。会社を早期退職し「これからはやりたいことだけをやる」「田舎暮らしでなく田舎造りをする」と、荒れ地を少しずつ開墾して花壇や池や小屋を造っていました。
 その庭に、白い木製の電話ボックスが立っていました。中にはダイヤル式の黒電話が置いてあり、電話線はつながっていない。筆でこう書いてありました。


 〈風の電話は心でします〉・・・

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